愛国「右派」の動画配信者や政党政治家が、アイヌが北海道の先住民族であるのか疑いを表明している。しかしアイヌがヤマト(和人)から見て北海道の先住民族であることに、議論を抱く余地は無い。
ヤマト王権の北海道進出は南部に限っても13世紀以降で、北海道全域に広げたのは19世紀だ*1。アイヌの人々はその前から北海道に住んでいた。言語と宗教などでアイヌはヤマトと異なる文化持ち、アイヌにはヤマトと異なる集団であるという自認があるので、独自の民族として認められる。日本政府はヤマト王権から継続した統治機構と言うことになっているので、日本政府から見てアイヌは北海道の先住民族だ。
アイヌが縄文人よりも後に北海道に出現した集団で、アイヌは先住民族ではないと主張する人々もいる。無根拠な妄想だ。アイヌは北海道の縄文人の子孫で、アイヌ文化は縄文文化と連続性がある。また、ヤマト民族は血統および文化で渡来系弥生人の影響を強く受けて成立しており、北海道の異なる縄文人と同一のヒト集団として見做せない。ヤマトがアイヌに先んじて北海道にその領域を広げていた時代はない。
日本に現存するヒト集団の中では、アイヌがもっとも縄文人に近い。Kanzawa–Kiriysama et al. (2019) の図13表5にまとめられた核DNAの分析では、アイヌの遺伝の66%は縄文人のものだ。ヤマトの縄文人由来の遺伝は13%に過ぎない。Sato et al. (2021)は、縄文人69%とオホーツク人31%が交雑してできた集団が、縄文人11%とその他が交雑してできたヤマトと、71%対29%で交雑してアイヌとなったとするAdmixture Graphによるモデル(図8a)が、もっとも統計的に当てはまりがよいとしている。
アイヌ文化が、ヤマトの文化と異なるのは明確だ。言語、宗教、衣服、入れ墨などで違いが見られる。民族という概念においては、ヒト集団への帰属意識が属する人々に強くあることが重要で、それは血統よりも宗教などの文化によって強く支えられる。ローマ皇帝がユダヤ人をパレスチナから追い出したときのユダヤ人はセム系であったが、欧州のユダヤ民族は婚姻により血統的にはゲルマン人やスラブ人に変化した。逆にイスラム化したセム系ユダヤ人の血統集団は、今やアラブ人として分類されている。
さらにアイヌ文化は、続縄文・擦文文化と連続性があると見做される。弥生〜飛鳥時代ぐらいまでアイヌ祖先は縄文文化であり、奈良〜平安時代は擦文文化で、鎌倉時代の頃にアイヌ文化が成立したわけだが、いつの時代も独自文化圏であった。アイヌ(とその祖先)とヤマトは互いに異なるヒト集団だといつの時代も意識していたはずだ*2。今後の研究進展でヤマトの北海道進出時期が早まっても、アイヌ(もしくはその祖先)の先住性は変わらない。


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