英米イスラエル辺りと比較してワクチン接種が遅れている我が国だが、ワクチン研究開発拠点を作ろうと言うアイディアが持ち上がってきた*1。しかし、微妙に問題点が摩り替えられている。ワクチンの確保もしくは承認がボトルネックだったわけで、国産ワクチンの開発は問題解決に直結しないし、国産に拘るあまりに外国製品の確保が遅れるような事態も危惧される。そして、もっと素朴な方法で解決できる。
1. 国産開発は構造的に出遅れる
治療薬にしろワクチンにしろ、薬剤に関しては外国製品が国産を上回る確率が圧倒的に高い。理由は二つある。一つは、日本の製薬メーカーの開発力はそんなに強かったことはないし、これから国策で強化しても外国のメガファーマを上回る可能性はない*2。世界と同等の製薬メーカーが一つ二つあっても、国外メガファーマの方が数が多くなるわけで、確率的には日本以外から良い薬剤が出てくる。一つは、新種の病気も人口比から外国で発生する可能性が高いため、どうしても新たな病気に関しては研究開発に出遅れる事になる。日本固有の病気であったらアドバンテージになるわけだが、パンデミックは大概、国外で生じるものだ。
2. 現行の承認プロセスでは承認遅れは大きくなる
どう頑張っても出遅れる蓋然性が高いわけで、遅れを小さくするようにするのが現実的。アストラゼネカ社の事例を見るにライセンス生産はさせてくれるようなので、自力開発を頑張るよりは、承認プロセスを改良する方が手っ取り早い*3。外国で承認されたか、医薬品として承認されるための臨床試験である治験のフェーズが進んでいる薬剤であっても、日本での治験が一部でも新たに必要な承認プロセスがボトルネックになっているので、ここを緩和すべきだ。
現在でも、外国で医薬品として承認された薬剤は、薬品規制調和国際会議(ICH)を受けて医薬品のブリッジング開発が可能になり、治験の第3フェーズを外国臨床試験のデータで評価することができる。しかし、第3フェーズを後回しに出来る条件付き早期承認制度があるので、パンデミック下のワクチン接種において治験の第3フェーズは重要ではない。日本人を対象とした第1フェーズ薬物動態試験および第2フェーズの用量反応試験が必要とされている*4のが問題だ。
人種ごとに薬剤の効きが異なる可能性はあるし、(容量用法の指定があるはずだが)治療慣習の違いなどから薬剤の効きが異なる場合もあるそうで、日本人対象の第1相、第2相試験に意義が無いわけではない。しかし、伝統的な頻度主義のデータ処理だと、外国での第1相、第2相の臨床試験のデータを捨てて、ゼロからデータ取得をやり直すことになり、それなりの大きさのサンプルサイズが必要になる。今回のCOVID-19パンデミックのように、外国と比較して国内での感染者数がまだ小さく、感染リスクが極小である場合、かなりのサンプルサイズを用意しないとワクチンを評価できない。信用の置ける外国の承認プロセスを通ったワクチンでも、十分なサンプルを確保できずに治験が通過できないことになり、ワクチン承認プロセスが滞ることになる。
3. 統計処理のベイジアン化による治験規模の縮小
薬害リスクはあるので、日本人での第1相薬物動態試験および第2相の用量反応試験を無くすわけにはいかないであろうが、必要なサンプルサイズを小さくしたい。こういうときに便利なのが、ベイズ統計。主観的な事前分布として、外国での第1相薬物動態試験および第2相の用量反応試験の結果(外国の分析における事後分布)を置けば、相対的に少ない被験者でワクチンの有効性を検出できるようになる。人種や国ごとの信頼性を加味することも容易で、人種差や信頼性に応じて分散を大きくした弱情報事前分布(weakly informative prior)を置けばよい。ついでにベイジアンらしく停止規則を緩めてしまえば、サンプルサイズの見積もりも不要になる。イカサマ感があるわけだが、現在の治験でも有効性が確認できない場合は、サンプルサイズを拡大して再試験することはあるので、それが連続的になるだけだ。
追記(2021/06/23 05:21):独立行政法人医薬品医療機器総合機構ワクチン等審査部「新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)ワクチンの評価に関する考え方(補遺1)変異株に対するワクチンの評価について」によると、新型コロナウイルスの変異株に対応した非弱毒化ワクチンの改良の場合は、国内で改良前の臨床実験で効果と安全性が確認されており、国外での改良型の臨床実験が良好であれば省略できる。
4. リスクはあるので政治決断が要る
現在の承認プロセスを簡素化するので、薬害リスク、実は効果がなかったリスクは大きくなるから、なかなか医療の専門家からこういう提案は出てこない。新組織が出来なければ、研究者のポストも増えない。しかし、ワクチン承認の遅れはその手続きの中心にある治験プロセスそのものが問題なので、そこに踏み込まないと迅速化はできない。新型コロナウイルス感染症対策は戦争みたいなものだから軍や自衛隊が動くのが当たり前と言う話があるが、太平洋戦争のドイツの潜水艦の位置絞込みに有効であったように、限られた状況で意志決定が必要な戦争のような状況で効果的なベイズ的手法を持ち出すのも当たり前とも言える*5。もちろんベイズ統計学に通じた政治家が決断しないと、こういうのは前に進まないであろうし、そんな人が指導的な地位につけるとは…(´・ω・`)ショボーン
*1「世界トップレベルのワクチン研究開発拠点へ」政府提言案判明 | 新型コロナ ワクチン(日本国内) | NHKニュース
*2日本の国内ワクチン市場全体よりもメガファーマの一社の売上の方が大きい(日本製薬工業協会 (2013))。
*3インドではライセンス生産が行われ、日本企業(JCRファーマ,第一三共,KMバイオロジクス)に委託分も2021年3月末には生産がはじまっているアストラゼネカ社のワクチンは、まだ国内承認がされていない。
*4上坂 (2011)「医薬の世界同時開発と多地域試験」保健医療科学,Vol.60,No.1,pp.18–26
*5わけがない。
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