数学徒でもないのだが、数学者の志村五郎氏が勉強しておけと繰り返して強調している*1楕円函数を知ったかぶりするために、竹内端三『楕圓函数論』を拝読してみた。近代デジタルライブラリーで画像が公開されているし、綺麗にTeX起こしをしてPDF化されたものもあり、本代もかからない。志村氏のほかにもTwitter界隈の数学教員もよく推奨している名著である。なお志村氏曰く楕円函数は大して発展していないので、内容も古くは無いようだ。
ぱらぱらと読んでみたところ、リーマン面ぐらいまでの複素解析、学部程度の線形代数、基本的な群論の知識があれば、そう概念的に難しい話は無い。しかし、読み始める前に、一つの問題の存在を認識しておいた方が良いと思う。楕円の弧長を求める問題だ。これを認識していないと、密林の中を進んでいる気になる。実感が沸かない。
以下のような(x, y)座標の楕円の方程式を考えよう。
この弧長Lは以下の積分で表される*2。
この積分のところを取り出して、zが複素数のケースを含めて、これを抽象化してその性質を調べたのが、楕円函数論と理解して良いであろう*3。本書では第四章40節に説明があるのだが、そこに辿り着くまでどこが楕円なのかよく分からなかった*4。もっとも歴史的な議論はともかく、今は有理型の二重周期のある複素函数のことを楕円函数と呼ぶようになっているそうだ。
楕円函数の名前の由来など書いている余裕は無いのであろう。本書では第一章の表題は楕円積分ではあるが、細かい前置きなしに楕円函数を標準形に持ち込み積分しようと言うところから、sn函数、℘函数、テータ函数などの関数が出てきて、加法定理や函数間の関係が調べられていき、最後の方で楕円の弧長が求められるようになって、さらにモジュラー形式が説明される。なお出てくる函数や概念は、数学もしくは物理で後々使われているのだと思われる。
そう分量があるわけでもなく、楕円を考えていたら虚数平面上の平行四辺形に悩まされている*5ことになる面白さはあるのだが、式の展開などを考える作業的な要素が多いので数学徒であれば、連休などに気軽に取り組んでみて良いと思う。日本語(e.g. 夫々)などを検索しないと読めないところなど、さすがに本が古いかなと思う所はあるが。応用分野が思いつかないので文系の人にはお勧めしない。
梅村(2000)を見ると複素トーラスなどが出てきて複素多様体として捉えている気がするし、五次方程式の解の導出など応用事例ももう少しあるので、本書を読んでも楕円関数をしっかり学んだとは言えないかも知れないが、知ったかぶりをするならば十分であろう。℘函数の定義を暗誦できるだけでも院試口頭試問ぐらいの知ったかぶりになるそうだ*6。もちろん、知ったかぶりは相手を見てするのが原則なので、そこは間違えないように (´・ω・`)
*1著作の「数学をいかに使うか」で「複素解析、特に楕円関数」の章があるし、「数学をいかに教えるか」でも解析学のテキストに入れるべきだと主張している。
*2ピタゴラスの定理からdy2+dx2の平方根が円弧の微小要素となるため、これを積分すればよい。なお本書では、dx/dzとdy/dzを微分して求めて式を整理していくところは、当然のように省略されている。
*3これは本書で言う第二種標準形でしかないので、定義が拡大しているとも言えるかも知れない。
*4数学徒は説明されなくても認識している気がしなくもないが。
*5二つの周期がそれぞれ複素数で表されるので、複素平面上でその二点とそれらの合計が構成する平行四辺形を考える事になる。
*6言わずもながだが、暗誦できたからと言って合格するわけではない。
2 コメント:
大雑把に言えば、「長半径が1の楕円の弧長に対して、正弦、余弦、正接等を対応させる関数」の事です。特別な場合として、単位円の弧長に対する物が、所謂三角関数(sin, cos, tan)です。弧長は積分で表されるので、積分は、正弦、余弦等に弧長を対応させる物であり、積分の方が、そもそも楕円関数の逆関数であったのです。円の弧長を表す積分は三角関数の逆関数であり、逆三角関数は“Arc…”の名で呼ばれる事(arc は、弧の意味)がその証左となるでしょう。
当然、楕円の兄弟である双曲線についても同様な物が定義できます(但し、hyperbolic sine 等とは違う物)。尚、直角双曲線を鏡像変換すると、双紐線(英語でレムニスケート曲線、本来はギリシャ語 λημνισκος、ガウスやヤコービはラテン語を使ったので lemniscus(是の形容詞形が lemniscatus))になり、この双紐線の弧長に対して、正弦、余弦、正接等を対応させることもできます。双曲線は全長が無限大なので周期的ではありませんが、双紐線は全長があるので周期的になります。
昨夜(2020年3月23日)の補足も入れた物
大雑把に言えば、「長半径が1の楕円の弧長に対して、正弦、余弦、正接等を対応させる関数」の事です。特別な場合として、単位円の弧長に対する物が、所謂三角関数(sin, cos, tan)です。弧長は積分で表されるので、積分は、正弦、余弦等に弧長を対応させる物であり、積分の方が、そもそも楕円関数の逆関数であったのです。200年前の19世紀初頭での数学業界に於ては、此の事は"常識"であった可能性があります。(因みに、"常識"という言葉は場所と時代を限定しなければ、意味はありません。「…の常識は世間の非常識」と言うように)。円の弧長を表す積分は三角関数の逆関数であり、逆三角関数は“Arc…”の名で呼ばれる事(arc は、弧の意味)がその証左となるでしょう。
当然、楕円の兄弟である双曲線についても同様な物が定義できます(但し、hyperbolic sine 等とは違う物)。尚、直角双曲線を鏡像変換すると、双紐線(英語でレムニスケート曲線、本来はギリシャ語 λημνισκος、ガウスやヤコービはラテン語を使ったので lemniscus(是の形容詞形が lemniscatus))になり、この双紐線の弧長に対して、正弦、余弦、正接等を対応させることもできます。双曲線は全長が無限大なので周期的ではありませんが、双紐線は全長があるので周期的になります。
"双紐線(そうちゅうせん)" は、古い用語です(GHQによる漢字制限以前?)。小松勇作編の「数学 英和和英辞典」では、"連珠形"ですが、これは、ギリシャ語ラテン語の本来の意味とは全く無関係の言葉です。(双紐線はギリシャ語ラテン語の意味と関係がある。)
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