2014年12月18日木曜日

量的緩和でインフレ目標に到達するためには

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ゼロ金利下での量的緩和の効果が無いか薄いと言うと、僅かな効果でも大量に行なえば良いと言う人が出てくる。効果量の小ささを実感できないようだ。僅かな効果があるとして、どれぐらい日銀が国債を買えば良いのか計量分析結果から検討してみた。1年間で377兆円を超えるペースで国債を買い続ければ良いらしい。国債発行残高が780兆円で日銀が既に200兆円を保有していることを考えると、インフレ目標に到達しても維持ができない無理なゲームとなっている。

推定方法を説明しよう。まず、日本銀行時系列統計データ検索サイトのデータのマネタリーベース(MB)増加率とマネーストック(MS)増加率の関係をVECMモデルで推定し、MSのMBに対する弾力性を推定した。分析期間は2003年4月から2014年11月まで。ラグはA.I.Cにより9期を選択している。水準でやるべきな気もするのだが、水準では統計的な有意性が無い。なお単位根はなかったが共和分はあったので、VECMモデルを採用している。下はMB増加率のMS増加率に対するインパルス応答列。0.008前後に収束している。

この0.008と言う数字は、MB増加率を2倍にしたときにMS増加率が1.008倍になる事を意味する。2013年4月から2014年4月までの1年間で、MBは150兆円から222兆円、MSは844兆円から873兆円に増加した。増加率にして48.5%と3.5%。インフレ目標2%に到達するには、最近のコアコアCPI*1がほぼゼロである事からすると、マネーストックの増加率を1.02倍しないといけないであろう。これはMB増加率を3.5倍(=0.02/0.008+1)の170%にする事を意味する。金額にして1年目が377兆円、2年目が1020兆円だから、2年を待たずに国債を買いきることになる*2

推定がおかしいと思うだろうが、その通りで何かがおかしい。率ではなく水準で推定すると有意な推定結果は得られないし*3、黒田日銀があれだけ量的緩和をしているのに黒田日銀になってからマネーストックの増加率が増えた形跡も推定できなかった。だからゼロ金利下ではMBとMSにほとんど関係が無いと考えておく方が無難な気がするが、こういう数字を出しておくと、僅かな効果の僅かさを感じる事ができるであろう。

追記(2014/12/18 17:24):量的緩和に効果が無いというと、それでは無税国家が可能になると主張する人がいるが、論が飛躍している。中央銀行が既存の国債を大量に買うことと、政府が新たに国債を大量に出すことは、別の事象であるからだ。

追記(2014/12/19 13:16):疑似科学ニュースからコメントをもらったものの、計量経済分析などに関して多くの誤解があるので、妙な事になっている。個別に指摘していくと大変なので、知識的に欠けている所をまとめた。

「線形」にこだわっているのだが、ここに二つ誤解がある。まず、マネタリーベースとマネーストックの間で線形関係は仮定していない。変化率と変化率の関係(弾力性)を見ている場合、水準と水準の関係は線形とは限らない。次に、非線形の関係を線形モデルで推定しても、統計的な有意性は出る。線形近似になるので決定係数は落ちるが、有意性は残る。なお、マネーストックと物価の間には線形関係を仮定しているが、これは教科書的な定式化P=M/Y(P:物価, M:通貨, Y:生産物)を踏襲している。

他の財政政策や(ゼロ金利ではないときの)金融政策、そして需給と価格などはモデル化もされているし、計量分析でそれに沿って効果も確認されている。需給と価格の関係をどうやって見るかは「だいこんで学ぶ計量経済学」に例を挙げた。財政政策や金融政策の効果量は安定的ではないが、量的緩和のように観測不能と言うことは無い。

ゼロ金利でない状態ならば量的緩和の効果があるかも知れないと議論しているが、ゼロ金利で金利が操作できないからインフレになるように量的緩和をしているわけで、インフレに出来るのであれば量的緩和が不要になる。フィードバックを見れば良いと言うのは、量的緩和に何か目に見える効果があればの話で、ほとんど効果が無い状態だから、その段階に達していない。

量的緩和の弊害については「日銀がリフレーション政策を嫌がる理由」を参照のこと。国債以外を買いだした場合は、マネタリーベースの拡大以外に資産価格の形成が歪み始める可能性があるので、今までの量的緩和ではなくなる。何かの効果はあるかも知れないが、別の金融政策と捉える方が適切であろう(非伝統的金融政策の一つにはなる)。

追記(2014/12/19 23:01):疑似科学ニュースから返信が来たのだが、既に効果はほとんど無いと言う大量にデータがあるのに、もっと大量に試せば効果が出ると言う主張は、擬似科学の論法のように思える。

経済がなぜ予測できないかといえば、互いに予測にもとづいて行動を変えるから、結果的に予測は外れる。

理論的には相互の予測が正確だとナッシュ均衡になって一意のところで安定する可能性が高い。

ん~それはほぼ確実な定説なの?科学で言えば地動説ぐらいの。

経済理論も色々とあるが、需給が価格調整されることなどは、ほぼ定説(例外は例外で分析が発展している)。ただし、ニュートン力学ように精度のある具体的なパラメーターが決定できない。何はともあれ、精度はともかく統計的な有意性は求められる。

クルーグマンがアベノミクスを支持してるのはなぜ?

量的緩和を支持しているのではなく(←It's ba+k!論文やブログで否定している)、インフレ容認的な姿勢を評価しているように思える。

ゼロ金利でない時のモデルはあるという。それはゼロ金利のモデルはないということ?だったらゼロ金利での金融緩和が有効か無効かは、判断できないんじゃ?

クルーグマンのIt's ba+k!論文が、ゼロ金利でない時に有効で、ゼロ金利の時に無効と言うモデルになっている(関連記事:クルッグマン論文を使って、池田信夫を応援する)。計量的には示した通り。

根拠にしてるのは白川総裁時代のデータだよね。

本文に「分析期間は2003年4月から2014年11月まで」と明記しておいた。これは福井、白川、黒田の三総裁の時期を含む。

いや大量にやっても効果はないんだ、と言ってるようだけど、それはどういう根拠?

根拠は本文の計量分析の結果がそれなのだが、直観的には福井総裁の頃にマネタリーベースを大幅に減らしてもマネーストックに大きな変化はなく、黒田総裁になってマネタリーベースを大幅に増やしてもマネーストックに大きな変化はなかった事が挙げられる。

ハイパーインフレについては、日本の生産能力さえ健全なら、多少混乱は起きても、いずれ沈静化すると俺は楽観してるけどね。

インフレによって貨幣保有の機会費用が増加すると、資本蓄積が阻害され投資が滞るケースがあり、インフレを怖れて消費が前倒しになるので非効率になる事が知られている。消費非効率は、タバコ税率を上げる前にタバコを買い込みすぎて、不味くなったタバコを吸い続けるはめになった人を想像して欲しい。

*12014年10月は2.2%だが、消費税率引き上げの影響を除くとほぼゼロになる。

*2VECMではなく切片項なしの単回帰から推定される弾力性約0.1を採用すると、1年目は129兆円、2年目は204兆円、3年目は323兆円、4年目は511兆円の国債購入が必要になり、4年を待たずに国債を買いきることになる。

*3他にも観測数が少なくなるせいか四半期データでは有意性は出ないなど、推定結果は安定していない。

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