なぜか英文学者が欧州の魚食文化についてまとめた『魚で始まる世界史: ニシンとタラとヨーロッパ』を拝読した。モチベーションが分からないのだが、古い英文学には魚を使った言い回しが多数出てくるらしく、それを深く理解するために調べたのであろう。世界と言うか、主に欧州の魚食文化の話なのだが、宗教、保存技術、魚場などが魚食文化やヴァイキングの域外進出、そして大航海時代や新大陸への移住に与えた影響が、文学作品での魚への言及を交えつつ説明されている。
スペインやイタリアでは海産物の料理が多いし、スウェーデンの世界一臭い食べ物と名高いシュールストレミングなどもあるので欧州が肉食文化だとは普通は思わないと思うのだが、著者は西洋といえば肉類と思っていたらしい。しかし、キリスト教のシンボルのイクトゥスが魚であることからして、西洋社会は魚と縁が深い。カトリックには断食があって、魚食しか出来ない時期があったそうだ。また、そもそも冬場は飼料が不足するので肉類の生産が制限されたらしい。
ウナギも良く食べていたし、カニなどを含む高級魚介類も金持ちに食べられていたが、ニシンとタラが中世では主要な魚類であった。冷蔵技術の無い時代なので、保存加工が重要になってくる。ニシンとタラは保存する事ができた。ニシンの加工技術が優れていたハンザ同盟やオランダが商業的に成功し、力を持つ一因となった。また、保存の効く食料は長期の公海を可能にする。ニシンとタラがヴァイキングの域外進出や、大航海時代を可能にした。また、タラの魚場があったことが、ヨーロッパ人の米国大陸殖民に役立ったそうだ。奴隷の食事として重宝された、黒い歴史もある。
著者がシェイクスピアが専門なせいか、英国についての記述が豊富だ。百年戦争のオルレアン包囲戦の中のニシンの戦いについての記述は当然ある。英国国教会を作ったためカトリックの影響が薄れ、漁獲高が低下し漁民が減ったために、海兵として徴兵するアテが無くなった事から、政府が魚食を奨励したりしていた。英国とオランダ、英国とスウェーデンの間でニシン漁を巡って立場を変えつつ、漁業権にまつわる政治問題・国際紛争があった。経済的繁栄の鍵と言うだけではなく、国際紛争にも大きく関わって来ているとなると、確かに魚で始まる世界史と言う感じだ。
そう堅い本ではないので、一気に読めると思う。巻末にタラとニシンの大雑把なレシピが紹介されていたので、腕に覚えがある人は棒タラや身欠きニシンを買って来て、中世社会を体験するのも良いかも知れない。美味しいかはわからないが、むしろ不味い気がするぐらいだが、SNSにアップロードする写真は撮れると思う。
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