2011年9月13日火曜日

新興国の生産性向上でリーマン・ショック後の米国経済のデフレは説明できない

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新興国の生産性向上でリーマン・ショック後の米国経済のデフレは説明できない事を、輸入デフレで米国経済を説明しようとしたエントリー「グローバルに二極化する雇用」の枠組を使って説明したいと思う。貿易財価格の下落が、一般物価水準の下落、つまりデフレをもたらすか、それが米国経済に当てはまるか考察を行ってみよう。

問題のエントリーでは、新興国との競争で貿易財価格の下落は発生しており、それが不況の元になっていると主張している。つまり米国の失業率上昇はデフレによる内需起因では無いと言う主張になっている。以下で説明するが、論理に一貫性があるように思えないし、為替レートと消費性向と言う二つの経済指標を無視している。

1. 貿易財を輸入財と輸出財に分ける

貿易財と言っても輸入財と輸出財の二種類がある。通常の定義と異なり、輸入財は自国で生産していない財とし、輸出財は自国で生産している財だ。一般物価水準は、輸入財と輸出財と非貿易財の価格水準のウェイト付平均値だと考える。なお、デフレは一般物価水準(要するにCPI)の変化のみを意味し、GDPギャップなどは考慮しない。

2. 輸入財価格の下落は弱いデフレ効果をもたらす

まず、輸入財価格の下落を考えよう。定義上、一般物価水準に影響を与えるが、先進国では大きな下落はもたらさない。輸入依存率が低いからだ。国内産業への影響は、明らかにプラスだ。自国で生産できない財の市場では自国産業は競合していないし、輸入財を再加工して輸出するとしてもコスト低減効果しかもたらさない。

3. 輸出財価格の下落は強いデフレ効果をもたらす

次に、輸出財価格の下落を考えよう。新興国の生産性向上などでもたらされる現象だ。二つの経路で一般物価水準を引き下げる。輸出財自体の価格も下がるし、輸出財価格の下落は生産性の低下をもたらし、輸出部門の人件費を引き下げる。このとき、非貿易財部門の人件費は輸出部門の人件費と等しく、非貿易財の価格はほぼ人件費に依存するとすると、非貿易財の価格も下がる事になる(バラッサ=サミュエルソン効果)。つまり、輸出財と貿易財価格が下がるので、一般物価水準に大きな影響がある。イメージが沸かない人は経営不振の輸出企業の工場と、その横にある居酒屋の関係を想像すれば良い。

4. 輸出財価格の下落は、消費性向を上げる

上述の経済現象では、輸出財産業の人も、被貿易財産業の人も賃金が下がるので可処分所得は減る。つまり消費は減る。しかし、後述するデフレのマイナス効果が無ければ、可処分所得に対する消費の割合、つまり平均消費性向は上昇する。生活を維持するには平均消費性向を拡大する必要があるからだ。貧乏人ほど貯金率が低いので、貧乏になったのだから消費率が増えると考えても良いであろう。

5. デフレ自体の景気マイナス効果は、独立して存在する

名目賃金や名目金利に下方硬直性があれば、実質賃金や実質金利の上昇による投資水準の低下は、別途発生しうる。理由に関わらず一般物価水準が下がれば、あとは名目賃金や名目金利に下方硬直性が問題になる。

硬直性をどの程度評価するかは意見が分かれる所だと思うが、問題のエントリーでは「フルタイムの労働者を過剰に保護する雇用規制」を若年者失業率の原因として批判しているので、賃金の下方硬直性は肯定している。賃金の下方硬直性は、デフレによる失業率増加と需給ギャップをもたらすはずだ。

6. リーマン・ショック後の米国には当てはまらない

リーマン・ショック後の米国に適用して考えた場合、為替レートの減価が第1節~第3節の効果の前提条件を否定しているし、懸案になっている消費性向の低下を説明できない。

リーマン・ショック後に米国はデフレに陥っているのは間違いない。一方で、ドル通貨価値は下落しており、輸入は不利に、輸出は有利になっている。為替レートの減価は、国際市場での製品価格の減少を、輸出財部門の賃金の低下無しに実現する事ができる。第1節、第2節の効果は働かない。さらに家計貯蓄率も高めに推移しており、消費は低迷している。2006年~2008年は2.4%、1.7%、2.7%だったが、2009年は4.3%に上昇しており、裏を返せば消費性向が低い事を意味する。家計貯蓄率は2010年、2011年も4.7%~5.8%と高い水準で推移しており、消費低迷は明確だ(Economic Monitor No.2011-160)。

7. 専門用語を並べているが論理的に破綻

問題のエントリーの主張は、論理的にも、実証的にも奇妙なものとなっている。貿易財価格、特に輸出財価格の下落がデフレをもたらしうる事は事実だが、デフレ自体の景気マイナス効果を否定できるものではない。さらに、為替レートや以前より低くなった消費性向を考えると、リーマン・ショック後の米国には当てはまらない。

さらに「自然失業率」の意味も通常の経済学的な定義(インフレーションを引き起こさない最小の失業率(NAIRU)と異なる気がするし、「相対価格」や「一般物価水準」の定義も一般的な文脈と異なるようだ。平成13年度経済財政白書では『全体でみた平均的な物価水準が下がること(つまり一般価格水準の下落)』と記述されており、これはCPIなどの物価指数が対応するものだ。大抵の経済モデルでも、物価指数と整合的な「価格」が用いられており、独自の「一般物価水準」を主張し続ける理由が良く分からない。

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