毎日jpやGihyo.jpに転載もされた『IPv4アドレス枯渇。その意味と恐らくこれから起きること』という記事の後半で、「IPv6間に合わなかったね」について議論をしている(Geekなぺーじ)。枯渇しないでIPv6が普及したら、IPv6の必要性を実感できないという論調なのだが、もう少し現実的かつ技術的に考察してみたい。
1. IPv4枯渇前に、IPv6に対応できたもの
IPv6は1995年に最初の仕様が定められ、2000年までに主な仕様が固められた。10年以上の歴史があり、以下のように基幹技術は十分に成熟している状態だ。この点においては、IPv4枯渇以前に、IPv6の成熟が間に合ったと言えるだろう。
- 1.1. ネットワーク機器
- ケーブルやハブ、無線LANのAPなどのL2以下の層の機器は元から問題ない。ルーターなどのL3以上の機器は対応が必要だが、家庭用を含めて対応製品が大半になって来ているようだ。家庭用ルーターに対するガイドラインなども整備されている。
- 1.2. オペレーティング・システム
- Windows XP SP1でIPv6のプロトコルスタックが搭載されており、Linux、Macintosh OS X、各種BSDは既に対応している。モバイル端末用のAndroidやiOSも対応済みだ。
- 1.3. プログラミング言語
- OSのAPI以外でも、C、C++、Java等の主要ネットワーク言語で対応済みとなっている。PerlやPHP、Python等も対応している。基本となる部分なので対応時期は早く、例えばJavaの場合はJ2SE 1.4以降なので2002年から対応になっている。
- 1.4. サーバー・アプリケーション
- Apache、Tomcat、OpenSSH、MySQL、PostgreSQL、Oracle、sendmail、Postfix、ProFTPd、telnet、inetdなど、主要なものはIPv6対応となっている。
- 1.5. クライアント・アプリケーション
- 主要ブラウザは既にIPv6対応で、メール・クライアントもThunderbirdは対応済みだ。RealVNC等も対応済みになっている。実際、クライアント・アプリケーションから見てIPv4とIPv6は、IPアドレスの形式以外は、ほとんど同じなので対応に問題は無いはずだ。
- 1.6. IPv4からIPv6への移行技術
- IPv4からIPv6へ移行期には、両方のプロトコルを共存させる必要がある。トンネリング、デュアルスタック、トランスレータと色々な共存技術があり、やる気になったら十分な方法が用意されている(インターネット10分講座:IPv4/IPv6共存技術)。
- 1.7. マルチプレフィックス問題の解決法
- 2008年11月にISPとNTTのNGN間でマルチプレフィックス問題が発生し、IPv6ネットワークに接続したユーザーが正常に通信できない事故が起きた。解決方法は整理済み(ITpro)。
2. IPv4枯渇前に、IPv6に対応でき無かったもの
間に合っていないのIPv6対応は、主に実際の商用サービスと言えるようだ。ISP、iDC、商用サイトのIPv6対応は依然として稀である。
- 2.1. データセンター、ホスティング・サービス
- IPv6のウェブ・サイトを立てるとしても、対応しているiDCやホスティング・サービスは皆無に近い。iDCが使う機材やソフトウェアはIPv6対応となっているのだが、IPv6対応にするインセンティブは低いようだ。
- 2.2. ウェブサイト
- iDCやホスティング・サービスが対応していないため当然ではあるが、ほとんどのウェブサイトはIPv6に対応していない。Googleは既にIPv6でのサービスを提供しており、Facebookや米Yahoo!もIPv6サービス提供実験を予定しているが、日本国内では対応サービスや予定をほとんど聞かないのが現状だ。
- 2.3. インターネット・サービス・プロバイダー
- IPv6のサービスを提供しているISPは多くは無い。現時点ではユーザーにメリットが無いので、積極的に取り組む理由が無いのだろうが、黙ってIPv4とIPv6の両サービス提供を行うなどの施策は必要だ。
- 2.4. P2Pソフトウェア
- IPv6に対応しているのはBitTorrentぐらいで、Skype等はまだ対応となっていない。IPv6はグローバルIPアドレスしか無い世界なのでP2P向きではあるが、ユーザー数が少ないので積極的に対応はされていないようだ。単純にIPv6対応版VoIPソフトを出しても、IPv4ユーザとIPv6ユーザで通話ができないなどの問題があるため、安易には対応できないのかも知れない。
- 2.5. Wii、NintendoDS、PlayStation 3、PSP
- PlayStation 2はIPv6対応機器であったが、その後に発売されたゲーム機器はIPv6非対応となっている。ファームウェア・アップデート対応できるが、IPv6ではネットワークの接続設定が容易になるので、ゲーム機が対応していないのは勿体無い気がする。
3. IPv6導入における囚人のジレンマ
こうやって状況を見ていくと、技術面での課題は概ね克服されており、商業面での課題が残っているのが分かる。
典型的な囚人のジレンマと呼ばれる状態で、状況は深刻だ。当面はサービス提供者も、サービス利用者もIPv4は利用できる。IPv6を利用する技術的な敷居は低いが、移行コストは0ではない。サービス提供者はビジネス的にIPv4を辞められないし、サービス利用者はIPv4でサービスが利用できる限り、IPv6に移行するインセンティブが無い。この状態で放置すると、IPv4が本当に枯渇するまでは均衡状態が続くと考えられる。そして枯渇すると、IPv4の利用権が既得権になり、新サービスの阻害になりうる。
4. サービス提供者の影響力が鍵になる
新サービス提供者に資本力があり、新サービスに収益力がある場合は良いのだが、零細会社が収益力の無いサービスを提供する場合は大きな阻害になるだろう。
携帯電話会社がスマートフォンにIPv4アドレスを割り当てられなくなっても、代わりにIPv6を割り当てIPv6/IPv4トランスレータを導入する事で、利用者にIPv6の利用を促すことができる。米Verizon WirelessはLTE端末にIPv6対応を義務付けている(Computerworld.jp)が、どこかの時点で全面移行を行う準備だと考えられる。
一方で、ウェブでサービスを提供している会社は、サービス利用者にIPv6を使わせる術を持たない。中小企業の多いブラウザ・ゲームの会社がサーバーに割り当てるIPv4アドレスを確保できなければ、そこで事業は終わる可能性が高い。
5. 国際問題からの普及、黒船シナリオ
ある程度は成熟したネット社会になってきた日本でのIPv4アドレスの枯渇はまだ先かも知れないが、経済的に急成長を続けるアジアは、人口が多いこともあってIPアドレスの需要量も多いと考えられる。日本の一人あたりのIPv4アドレス需要量は、2009年末で1.25だが、中国では0.15にしか過ぎない。
不足になったら自動的に移行せざるをえなくなるので、中国や東南アジアではIPv6の普及は、恐らくスムーズではないが、急激に進むと考えられる。そしてアジアでIPv6アドレスしか持たないサーバーが増えれば、IPv6圏とIPv4圏で世界が断絶する事になる。
そうなると、いまどきインターネット無しで国際ビジネスは進まないので、日本でも国際企業からIPv6への対応が進んでいくと考えられる。
6. 政府政策で解決する事もできる
意外かも知れないが、政府は事態をすぐに改善できる。つまり、法律を制定して全てのISPにIPv4とIPv6の同時提供を義務化してしまえば、移行はスムーズに進むと考えられる。
IPv4アドレスが本当に枯渇したときに、移行をスムーズに行うためには、固定網と携帯網の億を超える利用者側の準備を先に済ました方が良い。技術的にはすぐにサービスを開始できる状況だ。サービス事業者としては、利用者がIPv6に対応してくれていれば、IPv4を諦めることは簡単にできる。
7. 日本政府の関心は低い
地上波デジタル放送では熱心に活動していた総務省だが、IPv6への移行には特に対策を打つ気は無いようだ。自主的に移行が進むと思っているのか、インターネットに関心が無いのかどちらかであろう。どちらにしろ混乱は覚悟のようだ。
しかし、ある瞬間にアナログ放送が消える地デジの問題と違い、IPv6は産業構造に依存した問題があるので混乱は大きいと考えられる。IPv4の枯渇が問題になる企業の影響力が十分にあれば良いのだが、最初に中小零細企業が問題に直面すると、自力解決できずに活動が不活性になるかも知れない。
問題が具体化する日時さえ不明瞭で、インターネット利用者の意識はずっと低いのが実情だ。どちらにしろ近い将来、IPv6に移行しないといけないのは分かっているのだから、もっと政府がリーダーシップを発揮しても良いように思える。
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