2022年2月8日火曜日

帰納を誤謬推理とする前に、意思決定理論に沿ったものかを考えよう

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とある話の流れで、蛇に噛まれたあとに発熱した人が、「蛇に噛まれると熱がでる」と結論したのは、前後則因果の誤謬・早まった一般化*1になるから誤謬推理だが、この誤謬推理を犯す人の方が、毒ヘビを避けるようになるので、生存確率が上がると言う意味で、正しい行動を導いており有用と言う話をされた*2のだが、そうとも言えないので指摘しておきたい。意思決定理論に沿った推論に直しても、毒ヘビを避けるようになるし、そうすれば誤謬推理とは言えないので、誤謬推理が生存確率を上げるとも言えない。

1. 例示された推論は誤謬推理だが

蛇に噛まれたあとに発熱したと聞くと、蛇が毒をもっていたとか、蛇がつけた傷口から細菌が入ったからなど、蛇に噛まれたことに起因する事象が原因な気がしてくるが、蛇にも種類があるから他の蛇でも同様とは限らないし、たまたま同じタイミングで風邪をひいて発熱する可能性もある。18世紀の偉大な哲学者ヒュームに言わせれば、再現性確認実験をしても経験から普遍的命題は導けなかったりするが、少なくとも1回の経験から「蛇に噛まれると熱がでる」と言う結論を導くのは性急だ。この結論は、前後則因果の誤謬・早まった一般化と言う誤謬推理であるとは言える。

2. 適切な行動を導く推論は他にもある

しかし、このヘビの推論は、誤謬推理が生存確率を引き上げる良例だとは言えない。毒ヘビを避けるようになる命題は、他にもある。誤謬推理にならない命題で毒ヘビを避けるようになるのであれば、誤謬推理が有用とは言い難くなる。

「蛇に噛まれると熱がでるリスクは高い」と言うのはどうであろうか。蛇と無関係な原因による発熱の可能性は否定しておらず、蛇と関係した原因による発熱(と言う信念)により高い主観的確率を付与している。そしてヘビに何回も噛まれてることで、信念の度合いが変化していくとしよう。再現性確認実験をしたときの結論に、信念の度合いは漸近していく。ベイズ統計学による帰納だ。このベイズ統計学による信念を抱いた人も、毒ヘビを避けるようになるであろう。ベイジアン意思決定理論では、行動に応じた確率的な不利益と便益を評価して、最適な行動を決定する。厳密にはヘビに近寄る利益次第だが、この文脈ではヘビに近寄る利益を考えていないので、やはりヘビを避けるようになる。

合理的なエージェントを考えるベイジアン意思決定理論は、ある意味結論を永久に保留する立場なので、少なくとも1回の経験からの推論では、前後則因果の誤謬・早まった一般化にはならない。十分に多様な経験が蓄積されて*3「蛇に噛まれると熱がでるリスク」がとても高くなれば、ベイジアンも一般化した主張をすることにはなるが、もはや早まってもいない。

3. すべての帰納を誤謬推理にしないために

厳密に科学哲学の話をすれば、ベイジアン意思決定理論もヒュームの呪いを打ち破っていないので誤謬推理と言う立場も取れるのだが、ヒュームの呪いの打破を適切な帰納の条件にしてしまうと、同時にあらゆる科学的主張が誤謬推理であることを主張することになる。しかし、あらゆる帰納は議論を誤った方向に導く誤謬推理と言うのは、物事に科学的根拠を求める人々には受け入れられないはずだ*4。こういうわけで、意思決定理論に沿った推論であれば、基本的に誤謬推理ではないとしておこう*5

気づくとここ数年、ベイズ統計学*6と科学哲学*7の話がマイブームになってしまっているのだが、他人にも押し付けるべくこのエントリーを書いた(・∀・)ニヤニヤ

*1関連記事:ネット論客が用いがちな19の詭弁

*2「ヘビっぽい生き物」を蛇に簡略化するなどしている。

*3データにバイアスがあったらベイズ統計学でも正しい推論はできない。

*4ジェンダー論研究者は社会構成主義(観念論)に親和的で、あまり(社会)科学的根拠を重視しない傾向があるので、すべて誤謬推理でも困らない人は多くいるであろうが(関連記事:ジェンダー論をやっている社会学者は“被害者”)。

*5一般に誤謬推理とは言わないが、統計的推論にはサンプリングバイアスや、欠落変数バイアスなどが入り込みやすく、これらを念頭に入れない誤謬推理は起きうる。

*6関連記事:ベイズ統計学が意思決定理論(の一部)でないとすると、事前分布が不要になる主観的な事前分布への違和感を軽減してくれる『異端の統計学ベイズ』

*7関連記事:『科学哲学の冒険』を読んで社会構成主義者を撲滅しよう

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