2021年6月21日月曜日

「生物学的な性と社会的な性を混同してはならない。」と言うのはトランスジェンダー差別の容認

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ニュージーランドで女性としての東京オリンピック2020への出場権をトランスジェンダー女性が得たことに関して、LGBTQへの差別に反対を明言している元有名スポーツ選手が「生物学的な性と社会的な性を混同してはならない。」と言っているのだが、その発言がトランスジェンダー差別の容認になるので指摘したい。

差別であっても不当とは限らないが、シス女性とトランスジェンダー女性の取り扱いに差をつけるべきと言っているのだから差別には間違いないし、シス女性と同様に見なされたいと言うトランスジェンダー女性の要求を拒絶している。二次性徴が気に入らないなど性的違和を抱える生物学的男性で、女性として扱われると性的違和が甲斐性されるか緩和される人々をトランスジェンダー女性としているわけで、スポーツであっても女性枠から除外されれば性的違和は解消されない。

なお、元有名スポーツ選手の見解はごく一般的なものである。日本よりもトランスジェンダーに親和的とされるアメリカでも、女子スポーツからトランスジェンダー女性を排除する動きは出てきている*1。私もトランスジェンダー女性はスポーツにおいて女性ではないと主張して来ているし、元有名スポーツ選手の意見には賛成だ。しかし、トランスジェンダー差別の容認にである事には変わりはない。

ジェンダー論研究者の井谷聡子氏の「走る速さで比較すると、男女の数値は重なる部分が大きく、男子選手の平均より女子のトップ選手の方が速い」と言う主張*2に、「日本陸上競技連盟公式サイトにある全国高等学校リモート陸上競技大会の100mの記録を見ると、女子1位の11.72秒は男子だと2483位の選手の記録に過ぎず、男女の差は圧倒的」と言い返すと、差別主義者のバックラッシュ発言と罵られる事になるわけだが、甘んじて受けたい。

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