2019年7月22日月曜日

『社会学はどこから来てどこへ行くのか』の計量分析への言及について

このエントリーをはてなブックマークに追加
Clip to Evernote
Pocket

対談をまとめたもので語弊はやむを得ない気もするが、ネット界隈でよく見かける社会学者4名の対談本『社会学はどこから来てどこへ行くのか』にある計量分析への言及について、これを読む社会学徒に信じて欲しくない点を記しておきたい。なお、本の主題としては今後の社会学研究をどうやっていくかのような話であり、本題の社会学に関する部分は社会学徒が批判を加えている*1

経済学の計量分析に関する言及は、偏見に満ちている。筒井淳也氏が、経済学者は政策効果の測定にしか興味が無いような言及をしているのだが、これは偏見としか言いようが無い。お友達の経済学者がたまたまそういう人だったのだと思うが、稲葉振一郎氏も統計的因果推論ばかりやっているような話をしている(pp.271—273)。筒井氏は、経済学者は「性別とか年代とか職業とか学歴とかでいろいろなことを説明」することに関心が無いような説明をしているが、経済学にもそのような話は山ほどある。人的資本理論や学歴シグナリングの話ぐらいは社会学でも有名だと思うのだが、知られていないのであろうか。稲葉氏はさらに、構造推定が廃れたかのような指摘を繰り返している*2のだが、これは端的に事実誤認になっている。なお、稲葉振一郎氏は構造推定を主戦場にしている若手経済学者に、構造推定は廃れたと書いた本を献本している*3わけで、裸の王様感がかなりある。

社会学における計量分析の特徴を経済学と対比する話で、社会学者は異質性、経済学者は同質性に着目するというような、筒井氏の説明も何かがおかしい(pp.190—191)。統計的因果推論、とくにランダム化比較実験をするときに、処置群と対照群は処置の有無以外はなるべく同じような標本にしておくことを言いたいのだと思うが*4、この場合も着目しているのは処置の有無と言う異質性である。着目する変数が完全に同質であったら、ぶっちゃけ回帰分析ができない。着目する差異以外は同質なものにするか、コントロール変数を入れるなどして同質と見なせるようにするのは、計量分析から要請されるものであって経済学者の問題関心が同質性だからと言うわけではない。社会学では異質性が生じた理由、差異の原因や差異と差異の相関を考えないので、回帰分析などは行わないと言うことはあるかも知れないが、社会学からも暴力的なドラマが青少年を粗暴にするような研究は出てきている*5

統計的因果推論とパネルデータ分析の関係が整理されていない。筒井淳也氏が「因果推論の立場からすると…AさんとBさんの比較じゃなくて、まずはAさんとAさんの比較をせよ…一年前と一年後のAさんの比較、つまり縦断観察調査ですね、そういう比較をしたら、よりちゃんとしたものがわかる」(p.194—195)と説明しているのだが、何のために因果推論をするのか、何のためにパネルデータを使うのか、理解しているのか疑いたくなる。「パネル調査にしたら…たとえば、ある女性が働く前と働いた後でどう変わったということなら、因果関係がよりよくわかる」(p.196)とあるのだが、パネルデータ分析では女性の潜在能力など時間でそう変化しない潜在変数を含む固定効果を制御できる一方で、女性の状態変化が、働きだした理由が影響したのか、働いた結果が影響したのか識別できないのは変わらない。統計的因果推論と言う意味では、パネルデータであること自体は、重要なポイントとは言えない。究極的にはこれも潜在変数の問題ではあるのだが、内生性や同時性と言う概念が欠落している。

2017年5月の対談をまとめたもので上述の語弊はやむを得ない面もあるのだが、この本にある勘違いは今年でた稲葉振一郎氏の『社会学入門・中級編』にも継承されている*6と言う意味で深刻だ。ネット界隈の社会学者は全般的に根拠なく思い込みを断言する傾向がある*7のだが、批判的に出典を確認すると言う作業、まったくしていなかったりしないであろうか*7。TwitterやBLOGで筆が滑るというのは分かるのだが、出版物では慎重にいってもらいたい。前回のエントリーで「「強引」「不正確」とのお叱りはともかく「でたらめ」とまでは思わない」と稲葉氏にコメントを頂いたのだが、これ、強弁して乗り切れるような勘違いではないから。根拠にあげた文献、実は検索したら読めたりするのだが、まったく目を通していないのだと思うが。

*1酒井泰斗「なぜ『社会学はどこから来てどこへ行くのか』はどこにも辿り着かないのか」(2018.12.22) - socio-logic

*2「「構造方程式でもって経済法則でもって経済法則を近似しよう」という考え方が急激に勢いを失って」(p.272)「現代の計量経済学というのは、経済モデルを検証しようという発想ではもうない」(p.273)だそうだ。誘導形はどこへ行った…などと気になることは多いのだが、社会学者を社会学するために、どういう経緯でこういう発想に至ったのか、ぜひとも目を通した文献を教えて欲しい。なお、日本語での計量経済分析の動向については『進化する経済学の実証分析 経済セミナー増刊』を読めば、雰囲気をつかめると思う。構造推定は産業組織論で人気とは言えるかも知れないが、目的に応じて様々な推定がされているのが分かるであろう。

*3本書を献本したかは存じないが、『社会学入門・中級編』は香港の人に送ったはずだ。

*4p.281の筒井氏の説明は、同じ標本からランダムに分割された2つの副標本を「同じ人」と表現しているのが気になるが、ランダム化比較実験を適切に説明していると思う。

*5関連記事:テレビなどの影響を悪く言う前に読むべき「メディアと日本人」

*6関連記事:稲葉振一郎『社会学入門・中級編』の計量経済学に関する説明はデタラメなことを社会学徒に知って欲しい

*7くるくるくるくる…とブーメランが襲ってくるが、言わざるを得ない。

0 コメント:

コメントを投稿