2019年3月23日土曜日

MMTのインフレ率決定モデルに関する議論の問題点

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話題の非主流派経済学MMT教祖の一人、Tymoigne氏のブログのエントリーMoney & Bankingをどう思うかと言う御題が投げられて、Part 11: Inflationをやる気なく読んでみた感想を書いておきたい。MMT信者には何が問題なのかわかりづらいようなのだが、何を主張したいかは分からなくもないのだが、色々と議論に問題があって、ほとんど根拠をつけることができていない。

話の流れとしては、古典的な貨幣数量説を否定して、カレツキー方程式からのインフレ率決定理論を導き出し、労働生産性上昇率よりも賃金率があがればインフレ、利上げをすると資本コストが上昇してインフレと言う定理を主張している。こう書くとマトモに思えるかも知れないが、置いている暗黙の前提が強いものだし、矛盾した主張を展開しているし、統計の見方が悪いし、特に因果関係を安易に定めているし、累積債務(≒ストックの貯蓄)と言う概念が無いので累積債務の影響も考慮できないモノとなっている。

1. 政策金利が投資量に影響を与えないと言う暗黙の前提

暗黙の前提から説明しよう。政策金利が家計貯蓄や企業投資に影響を与えない事が前提になっている。政策金利の上下が株価や融資や失業率に影響を与えることは計量的にも確認されている(Barnanke and Blinder(1992))し、低金利だから住宅ローンを組もう…と言う人が出ない世界は直観的にも現実から乖離している。MMT信者はそんな事は主張していないと言うと思うが、この仮定がないと議論されている古典的な貨幣数量説の否定と、カレツキー方程式からのインフレ率決定理論が成立しない。

貨幣数量説を否定として「マネーサプライはどのような方法でも中央銀行によってコントロールされない」「利子率目標はマネーサプライの成長にごく僅かで不確実な効果しか与えないし、インフレーションにはさらにいっそうそうである」と高らかに宣言されている。つまり、中央銀行の定める政策金利によって市中銀行の融資量が増えて貨幣需要が変化しないことが謡われている。また、対立的に挙げられているカレツキー方程式に準じた所得分配によるインフレーションの説明では、名目金利を引き上げると単位資本コストがその分上昇して、インフレになると言う結論を導き出している。PQ = W + U; P:物価, Q:産出量, PQ:産出額, W:名目総賃金, U:マークアップ(と言うか資本分配)から、P = wL/Q + iK/Q; w:賃金率, L:労働量, i:名目金利, K:資本 (iとKは本文とノーテーションを変えた)と言うような式を導出している。wL/Qは単位労働コスト、iK/Qは単位資本コストになることに注意しよう。しかし、利上げで投資量が落ちれば、資本の限界生産性が上がって単位資本コストの上昇の影響は緩和されるし、労働需要が減り賃金が下がって単位労働コストは減る。投資量が一定でないと、利上げがインフレになるかは自明ではない。そして、投資量の決定メカニズムは無い。

この暗黙の前提、実のところは自信が無いのか維持されておらず、後半の章の議論と矛盾することになる。Post 21: The Interest RateでFigure 21.14を参照しつつ「金利目標の変更のみが意味のある効果を持つ」と、政策金利の上下によってマネーサプライがコントロールできることを認めている。MMT信者の皆さん、実際の中銀オペでは、政策金利(i)にあわせてマネーストック(νM)がまず定まり、それと法定準備率などに応じたマネタリーベースの需要(M)が定まると言う説明をしているわけだが、貨幣数量説PQ = νM(P:物価, Q:産出量, PQ:産出額)を、PQ = νM(i)に修正することになるだけで、中央銀行がマネーストックに影響を与えられないことは意味しない。そして、マネーサプライが起因するインフレーションについての議論を見ると、マネーストック(つまりローン)を得た人が既存の財やサービスを需要すればインフレになると書いてあるので、利子率でインフレーションを制御できることになる。

2. ちょっと緩すぎる統計による根拠づけ

統計の見方の問題点について指摘しよう。因果関係が逆の可能性を、考慮しているようで考慮していない。(金利にあわせて)マネーストックがまず定まり、その法定準備を満たすようにマネタリーベースが定まるので、貨幣数量説は因果が逆であることは強調されている。しかし、対立的に挙げられているカレツキー方程式に準じた所得分配によるインフレーションの説明の因果をどう読み取るべきかについては、ほとんど注意が払われていない。エントリーでは、単位労働コストか単位資本コストがあがれば物価が上がると解釈しているが、物価が上がるから単位労働コストと単位資本コストがあがる可能性も残る。単回帰のグラフで相関を示しているが、因果関係を示すことはできていない。実際のところ、他の研究のベクトル自己回帰モデル(VAR)を使った計量分析*1では、相互に影響を与えていることが確認される。政策金利(もしくは金融政策ルール)のように外生と見なせる政策変数が入った方程式でないと、インフレ率決定要因の説明にならない。

単回帰のグラフを使った貨幣数量説の否定も、問題がある。参照されているFigure 1と2*2ではマネタリーベース増加率と消費者物価指数上昇率に相関があることを示している。貨幣数量説が言うほど相関係数が高くないからダメと書いてあるのだが、貨幣数量説では産出量にも左右されるがそれは制御されていないし、自己資本比率規制や現金需要など銀行の貸し出し行動、ついては貨幣流通速度に影響を与えうる要因は色々とあるので、相関係数が1でないからダメとは言えない。なお、効果が間接的なので~と言う説明があるのだが、間接的だからといって効果量が微小とは限らない*3

3. 累積債務の効果は議論しなくてよいのか?

MMTを根拠として累積債務はインフレを招かないような主張がされているが、このエントリーでは累積債務の効果についての議論は無かった。MMT教祖Mitchellによると均衡実質金利はゼロなので*4名目金利をゼロにすることができ、すると累積債務は政府の予算制約式から除外できると言うような算段があると思うのだが。何はともあれカレツキー方程式からは何も言えない。

4. まとめと感想

貨幣数量説の否定に失敗しているように見えるし、貨幣数量説に関する主張に一貫性が無い可能性がある。単位労働コストと単位資本コストの上昇がインフレをもたらすと言いたいのはわかるが、外生と見なせる政策変数が入った家計貯蓄や企業投資を説明する方程式が無いので、理論的な説明ができているとは言えない。労組が強いからインフレになると言う話や、名目金利を定めるとインフレ率が定まると言う新フィッシャー主義(フィッシャー式逆さ眼鏡派)の議論もある*5ので、アイディアとして突拍子も無いというわけでは無いのだが。

*1Ekaterina V. Peneva & Jeremy B. Rudd, 2017. "The Passthrough of Labor Costs to Price Inflation," Journal of Money, Credit and Banking, Blackwell Publishing, vol. 49(8), pages 1777-1802, December.

*2分析期間が明示されていないのだが、おそらく大恐慌のときの数字も入っている。

*3例えば、放射線のDNAへの影響は、水分に作用してヒドロキシルラジカルなどを活性な分子を生成し、活性な分子がDNAと化学反応を起こし損傷を引き起こす間接効果も小さくない。

*4The natural rate of interest is zero! | Bill Mitchell – Modern Monetary Theory

*5教科書的なFTPLも消費と貨幣保有からの効用を分離可能な効用関数を仮定することで実質金利一定とし、名目金利を定めるとインフレ率が定まるような定式化をしている。気味の悪さはあるが、財政政策によって定まる物価水準の方が本題なので、議論には…なっているか。

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