2019年1月3日木曜日

落合陽一×古市憲寿の終末期医療削減による医療費抑制論について

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社会学者というかコメンテーターの古市憲寿氏が前衛芸術家の落合陽一氏との対談*1で、終末期医療の打ち切りによる医療費の削減が必要と主張してネット界隈で論争を呼んでいる。「優生思想に他ならない」と優生思想が何かも分かっていないヒステリックな糾弾はどうかと思う*2のだが、古市氏も医療費全体に占める終末期医療のボリューム感を見誤っている可能性が高い*3

高齢者の増加で医療費が増加しているのは事実だ。死亡まで数ヶ月間の治療費が高くなる傾向も指摘されている。終末期の胃ろうや点滴は過剰であり、後期高齢者において回復見込みの低い状態での延命治療は打ち切るべきという議論は以前からある*4。このように列挙していくと衝撃的でも正しいことを言っているように思えてくるが、やはり医療費全体に与える影響は概算でも出さないと議論がおかしくなる。

日本医師会の『後期高齢者の死亡前入院医療費の調査・分析』の「高齢者の医療費全体に占める終末期の入院医療費の試算」では、2005年度~2006年度の人口動態と医療費を前提に約4,600億円としている。これから13年以上が経過して高齢者の数が増加しているが3割程度であり、高齢者の終末期の費用は6,000億円程度だと分かる。

医療費全体は42兆円ぐらいあり、6,000億円は全体を大きく左右するほどのボリュームではない。なお、一般会計予算の社会保障関連費を6,000億円減らせると言う話ならば大きいと思うかも知れないが、それでも社会保障関連費の2割弱である。また、回復見込みはあったがやはり死んでしまったケースもあるわけで、終末期の胃ろうや点滴の削減を行うことで減らせる分は6,000億円よりも小さい。

この世の資源は有限なので、功利主義的にQoLの低い延命、回復見込みの低い治療よりも、もっと費用対効果が高いことをすべすと言う議論は出てくる。医療関係者はトリアージを当然だと思っているわけで、多かれ少なかれ功利主義的である。終末期医療がその議論の俎上にあることは確かだ。しかし、終末期医療の抑制を医療費抑制の切り札と考えるのは、ちょっと数字があわないので止めるべきである。

*1落合陽一×古市憲寿「平成の次」を語る #2 「テクノロジーは医療問題を解決できるか」 | 文春オンライン

*2優生思想は血統改良により人類の病気を減らそうと言うもので、社会学を学んだ人々が主張するように「社会負担を理由に他人の価値を定めて生存権を奪う」ものではない(関連記事:「優生学と人間社会」を読んで左派のレッテル貼りを検証したら)。

*3「財務省の友だちと、社会保障費について細かく検討したことがあるんだけど、別に高齢者の医療費を全部削る必要はないらしい。お金がかかっているのは終末期医療、特に最後の1カ月」という発言がある。

*4医師の7割、終末期に胃ろうや点滴望まず◆Vol.2|医療維新 - m3.comの医療コラム

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