2018年7月11日水曜日

リフレ派原田泰日銀審議委員「金融政策は神の領域にないと、イエスは言った。QQE批判者は、認知的不協和を起こしている」

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雨乞い経済成長派と揶揄されるリフレ派の一人、原田泰日銀審議委員が、2018年7月4日の石川県金融経済懇談会の挨拶で、あれこれ神話を持ち出してコレはやばいと評判になっている。締まりの無い挨拶をするおっさんっているよねと言う程度の話なのだが、該当部分を検討してみよう。「QQEに対する認知的不協和」(pp.19--20)のところである。

私には、QQEに反対している人々の態度には認知的不協和と言われるものがあると思えます。認知的不協和とは、マーケティングでも使われる心理学の用語ですが、自分の認識と新しい事実が矛盾すると不快に思うということです。その場合、少なからぬ人々は、新しい事実を否定することによって不快感を軽減しようとします。

QQEで経済は良くならないという自分の強い認識に対し、現実に経済が改善しているという事実を突き付けられたとき、その事実を否定、または、今は良くても将来必ず悪化すると主張して、不快感を軽減しようとするわけです。例えば、将来、金融緩和の出口で大変なことになるという主張も、将来の可能性を述べて、不快感を軽減しようとしているものです。現在ではなくて、将来のことですから、当面、不快感を味わわなくてもよいことになります。

さらに、金融緩和政策の手段そのものを否定しようという心理もあるように思います。大胆な金融緩和は危険であり、そのような手段を取るべきではないというのです。人間は、太古からこのような感情をいだいていたのかもしれません。神話は、神に挑戦した人間たちの悲劇を繰り返し描いています。バベルの塔、太陽に近づいたイカロス、土で作られ、命を与えられたゴーレムが破滅を導いた神話です。QQEに反対する人々は、QQEも神の領域を侵すものだと言いたいのかもしれません。

また、歌舞伎の雷神不動北山桜には、朝廷が、邪悪な心を持った 早はや雲くも王子を皇位から遠ざけるため、鳴なる神かみ上人に寺院建立を約束に、本来は女子として生まれるはずの子を超人的な力-変成へんじょう男子なんしの行法―により世継ぎの皇子として誕生させたという話があります。ところが、朝廷は、上人は自然の摂理を侵したとして、寺院建立の約束を反故にしてしまいます。しかし、QQEは自然の摂理を侵すような方策でしょうか。

ローマに税金を払うべきか否かを問われたイエスは、銀貨に皇帝の肖像が彫られていることを人々に確認させた後に、「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返せ」と言われました。貨幣に関わる金融政策は、神のものではなく人間のものです。人間のものであれば、理論と事実に基づく議論を避けるべきではありません

1. 原田氏がおそらく言いたいこと

控えめにいって悪文である。何が言いたいのか釈然としないが、話の順番を入れ替えて、少し補足を入れつつ書き直してみよう:

  1. 神の領域/自然の摂理を侵した人間に不幸が起きる神話が多く残されているが、金融政策は金融当局が供給する通貨を対象に行なわれるものであり、新約聖書によると神の領域/自然の摂理を侵すようなものではない。量的質的金融緩和(QQE)が神の領域/自然の摂理を侵していると思うのは誤まっている。
  2. QQEで経済が良くなっていない、QQEの出口政策にリスクがあると言う考えは、理論的、経験的な分析に反しており、従来からQQEに反対してきた人々が認知的不協和を起こし、現実が受け入れられないために出て来ているだけである。

最初、QQE否定論者の言説は、数多の伝説のように無根拠な議論であると言っているのかと思ったのだが、何回か読み直して上の解釈に辿りついた。英訳もあるのでそっちを確認すればよかった。

2. 神の領域では無くてもQQEが正当化されるとは限らない

QQEが神の領域/自然の摂理に反さないとしても、それだけではQQEは正当化されない。理論的、経験的な分析を並べるしかないので、主張の根拠にならないそれらしいだけの詭弁である。そもそも、当初、2年で達成可能だと宣言されたインフレ目標にインフレ率は未だに届かず、原田氏も消費が弱く物価も弱いと認めざるをえない状況であり、認知の変更を迫られているのは原田氏なのだが、QQE批判は迷信で、QQE批判者は認知が歪んでいると言い張っている。認知的不協和に陥っているのは誰なのか、問い直したい。

なお、並べられている伝説の幾つかは、神の領域/自然の摂理を侵した人間に不幸が起きる神話ではない。歌舞伎『雷神不動北山櫻鳴神』の現代風解説を読むと、自然の摂理を侵しておかしくなったと言うより、難癖をつけて約束を保護にした朝廷に対して、鳴神上人が制裁行為として旱魃を引き起こし、それで困った朝廷が女工作員を鳴神上人の元に送り込むというドタバタ劇である。ギリシャ神話のイカロスの伝説も、高高度で空を飛ぶための翼が溶けるという父親のダイダロスの言いつけを忘れたイカロスが、調子にのって高く飛びすぎて翼を溶解して墜落したと言うもので、どちらかと言うと運用の問題である。

3. QQEに効果があったならば畳むのは大変では?

おっさんの与太話なので全スルーすべきな気もするのだが、深刻な問題もある。QQEに関して良いところ取りの説明をしているところだ。単純に考えれば、畳むのが容易であれば効果はなかったことになるし、効果があれば畳むのは困難となる。景気改善によってQQEの効果が薄くなるような事があれば、効果もあって畳むのも容易になるのかも知れないが、まだ日銀からQQEの終了のさせかたについては、具体的な構想は示されていない。

金融政策は人の領域と言っているから神頼みと言う事は無いのだと思うが、日銀の執行部は真面目にQQE終了について考えているのであろうか。

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