2015年12月10日木曜日

経済学における合理性が誤解されそうな「実践行動経済学」

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ネット界隈で良く言及されている(気がする)「実践行動経済学」を読んでみたのだが、何か経済学に強い誤解を抱きそうな本だった。駄目な本と言うわけではなく事例が豊富で面白いのだが、合理的な経済人(ホモ・エコノミクス)に対する強い誤解を引き起こしそうな文が溢れていた。本書で規定される経済人は、無限の計算能力と神仏と同じ認知能力を持つことになっている。

経済学における合理性は選好の一貫性と言う意味で、計算能力や認知能力の限界を否定するものではない。だから、アインシュタイン並みの知性が無く、スパコン並みの記憶容量がなくても、ガンジー並みの強い意志がなくても、目的関数から行動が説明できれば合理的な経済人と言うことになる*1。本書のP.18--19の議論はちょっとおかしい。

錯視で間違えたものでも、確率的なリスクを導入すれば合理的な選択になりうる。最適な金融契約を選ばず適当に選択しても、目的関数に計算コストを入れれば合理的になりうる。損をする可能性を、得をする可能性よりも大きく評価してしまっても、リスク回避度を入れれば合理的な行動になる。完璧な人間でなくても、ホモ・エコノミクスになりうるわけだ。

もちろん心理学を導入した行動経済学のほうが、的確に分析できることは多い。遠い将来と近い将来の割引率が異なる双曲割引のように、目的関数を柔軟に取ろうにも無理が出てくる現象はある。また、合理性で説明するより、行動経済学のほうが自然なことも多い。米国人に肥満が多い理由を、デブになってもたくさん食べたいからで合理的な行動だと説明する事は容易だが、これでは日本人と米国人の肥満率の差異を全く説明できない。周囲の人間の体格に影響されるとした方が、自然に拡張性のある議論になる。

本書は第1部で、ヒューマンと称される現実の人間が、スーパーマン的な知力と計算能力と認知能力を持つエコノでは無い事をまず指摘する。ヒューマンは必ずしも熟慮をしないで行動を行い、物事を厳密な絶対量ではなく大雑把な相対関係で捉えるアンカリング、入手しやすい情報に頼ってしまう利用可能性、一つの観測値の性質を全体の性質と考える代表性と言った偏りの生じやすい経験則に基づいて思考する。また楽観的過ぎる一方で、損失を過度に嫌い、現状維持をしたがる。また同じ情報であっても、フレーミング、つまりその言い方によって捉え方を変えてしまう。こうした思考パターンによって様々な問題が生じるわけだが、本書はさらに物議を醸す規制よりも緩やかな方法で政策的に改善できること、つまりナッジ政策が有効であることを幾つも例示した上で、その設計指針を以下の六つの原則にまとめている(説明は引用では無いから、正確とは限らない)。

インセンティブ(iNcentive)
上手く関係者それぞれのインセンティブを与えるように配慮された政策でも、関係者がインセンティブに気づかないと機能しないので、それが分かるようにする。
マッピングを理解する(Understanding mapping)
経験することが少なく試すのも難しい物事では、その選択がどのような効果をもたらすか分からない。つまり、「選択と幸福度の対応関係」が分からないので、それが分かるような制度を導入する。
デフォルト(Defaults)
選択すること面倒くさがる人々はかなり多いので、自動的にそこそこ適切なプランが選ばれるようにしておく。
フィードバックを与える(Give feedback)
選択肢の効果がどのようなものかすぐに分かるようにしておき、選択ミスにすぐ気づかせるようにする。
エラーを予期する(Expect error)
ヒューマンエラーの防止のため、ソフトウェアなどのユーザー・インターフェイスの改良を行う。
複雑な選択を体系化する(Structure complex choices)
選択肢が多すぎて全部を調べて選べないと言うような状況は混乱を生むので、選択肢を単純化したり、容易に比較できるようにする。

六つの単語からアルファベットを一つづつ選んでNudgesと言っているが気にしない。営利企業のみならず、官公庁でも昔から総務部あたりが気を払っている事な気がするが、重要なのは確かなので、これも気にしないことにしよう。なにはともあれ、これらの原則に基づいて、第2部、第3部で実際の政策を詳しく見て、失敗点とその改善方法を議論している。

ここが面白い。健康保険や公的年金を含めた消費者向け金融商品の事例が多いのだが、日本では経験していない事態が生じていて、他山の石として勉強になる。特に米国は政府が一括したサービスを提供できないせいか、多種多様な選択肢が発生し、制度が過度に複雑になりがちのようだ。著者らはリバタリアン・パターナリズムを称しているのだが、実際は消費者を信頼していなくても、消費者の選択肢を絞ることは悪になってしまう社会なのであろう。単純化できないから、ナッジする。もっともナッジ言えども、黙って受け入れてもらえないようだ。本書では第15章で予想されるリバタリアンからの批判に反論を加えている。

なおスウェーデンでも同様の問題を抱えて失敗があったようなので、教条的なリバタリアンがいるとは言えない日本でも対岸の火事とは言ってられないかも知れない。ほら、軽減税率のような欧州の失敗政策を好んで導入しようとする与党だし、消費者に複雑怪奇な選択を迫る制度を導入する可能性はある。そう言うときは次善の策としてナッジ政策は有効に機能するであろう。本書で紹介された事例が、参考になるかも知れない。もっとも際立って画期的な方策が書かれているわけではない。デフォルトの選択肢をなるべく効果的なものにしておく・・・ぐらいだった。

学術書ではないのでプロスペクト理論や双曲割引について詳しく説明がされているわけではなく行動経済学の入門書と言う感じではないが、行動経済学に基づくナッジ政策とはこういうものだと知るのには良い本だと思う。

*1イツァーク・ギルボア『合理的選択』に、詳しい説明がある(関連記事:ギルボア「合理的選択」は「ひたすら読む理論経済学」 )。

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