2014年12月27日土曜日

あるマルクス経済学者のプロパガンダ(13)

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マルクス経済学者の松尾匡氏の連載『リスク・責任・決定、そして自由!』の新記事『固定的人間関係原理から見た解釈の矛盾──新自由主義と「第三の道」の場合』が出ていた。ざっと眺めてみたのだが、この連載がプロパガンダであって、そうでしかない特徴がよく出ていると思う。

松尾匡氏の主張は、固定的人間関係を前提としたナショナリズム思想で、流動的人間関係を前提としたグローバル化を促進すると無理が出ると言うものだ。これを小泉パッケージと命名して、批判している。大きな枠だけ書くとそれらしいように聞こえるが、細部を見ていくと単なる藁人形論法に思える。

1. ナショナリズムは固定的人間関係を前提としていない

民族と言う小さな枠ではなく、国家と言う大きな枠による社会システムを指向するのもナショナリズムの一つになり、戦後はリベラルがナショナリズムを支持していた時代もあった(関連記事:安易に民族やナショナリズムを語るのがまずい事が分かる本)。ナショナリズムでは社会福祉も親類や地域の相互扶助ではなく、国家で行なうべきと言うことになる。つまり、ナショナリズムは流動的人間関係を指向している。

2. グローバル化の推進者は外資歓迎なので藁人形論法

松尾氏は外資が目立つようになると反発を感じる思想を指してナショナリズムと呼んでいるのであろうが、グローバル化の推進者は外資歓迎なので松尾氏の言うナショナリズムには傾斜していない。国際競争力をつければ外国からの投資で雇用や賃金が改善すると言っているのだから、企業の国籍に対するこだわりは無いのであろう。グローバル化の推進者は、ウィンブルドン現象が起きたロンドン・シティを成功事例と捉えている。だから、藁人形論法になっている。

3. 新古典派経済学が嫌う財政支出?

財政支出を政府介入と読み替えるが、何を新古典派経済学と指しているのかが分からない。新古典派経済学が必ず政府介入を嫌うわけではない。教科書的にも、外部経済や外部不経済がある場合は介入は正当化されうるし、固定費用が大きすぎる場合は競争的な市場が成立しないので政府企業の設立も必ずしも否定されない。凸解析をしているのが新古典派経済学と言う風に、結論ではなく分析手法で分類したほうが適切だと思う。それでは批判する的が無くなって困るのであろうが。

4. 批判される「小泉パッケージ」は存在しない

「ナショナリズムのような固定的人間関係原理にフィットした思想で、市場化、グローバル化という、流動的人間関係がメジャーなシステムへの移行」が「小泉パッケージ」と主張されているようなのだが、小泉政権のどの施策を指して批判しているのか不明だ。

小泉政権は外国企業を排除するような政策はとっていないし、輸出補助金などが増強されたわけでもない。日の丸掲揚、君が代斉唱、靖国神社参拝などが話題になった気もするが、これは松尾氏の言うナショナリズムではない。思想はあったが、それに基づく施策は無かったと言う論法なのであろうか。

特段進んだ“グローバル化”については思いつかないが、市場化については道路公団民営化、郵政民営化が上げられるだろう。しかし、公営企業が民営化されたからと言って、固定的人間関係が失われるわけではない。民間企業には固定的人間関係が無かったと言う主張なのであろうか。

福祉政策も見ていこう。2002年の医療制度改革法案、2004年の年金給付額の削減、2006年の高齢者医療制度の創設などが挙げられるが、「固定的人間関係原理にフィットした思想」に基づくものかは疑わしい。自己負担率の引き上げはあるが、高額療養費制度などは依然として残る。

5. グローバル化で国の独自性がなくなる?

自由貿易協定などで投資や貿易や人材移動のルールの統一化は図られているが、社会保障制度などに関しては各国の制度が保存される方向だ。相続税などの租税回避の問題はあるが、これも各国が定めた法律が尊重される。タックスヘイブンなどの守秘法域の問題も、国際協調で解決する方向にある。

解雇規制などを見て国際資本が移動すると言いたいのだと思うが、労働者の技能など他の要素もあるので規制が強いところに投資が行かないわけでもない。日本よりも規制が厳しい国は数多くあるが、日本よりランキングで見た国際競争力が低いとは限らない。米国を代表する国際企業であるボーイング社は労働組合に悩まされているが、国際競争力はある。

市場化、グローバル化を推進すると、国際競争に勝つために「経済全体のシステムとしても、世界で一番成功しているやり方をまねしないわけにはいきません」とあるが、そもそも今までも他国を参考にして制度改革が行なわれてきた。明治維新のときが特にそうであり、大化の改新もそうであろう。

6. 根拠無く断言されるグローバル化の悪い帰結

『「日本が強くなるため」として「国際競争力」なるものの向上に成功すればするほど、日本の労働者の雇用も賃金も抑えられ』とあるのだが、これでは賃金が下がっても雇用が増えない事になっている。グローバル化の推進者は、投資を呼び込み雇用や賃金を引き上げるために国際競争力をつけろと言っているわけで、東南アジアや中国などの過去の経験からはそういう傾向がある。

グローバル化で生まれた国際企業が「世界中で外貨を稼いでも、日本に送金されて円に換えれば円高になってますます国内産業を空洞化させ」と松尾氏は言っているのだが、IMDWEFの二種類の国際競争力ランキングを見る限り、経常収支黒字の極大化がされている環境を評価しているわけではないようだ。そもそも松尾氏がグローバル化のお手本のように言う米国が、慢性的な経常赤字国である。

外資の進出が進むことを大げさに言っているところもある。「サッチャー政権下で行われた金融自由化の結果、イギリス国内の金融業は活性化したはいいが残っているのは外資ばかり」は、HSBCやスタンダードチャータード銀行を忘れている。シティの老舗が軒並み買収された事は、英国の老舗が消滅したことを意味しない。

7. 旧態依然とした左翼プロパガンダ

左翼プロパガンダらしいと言えばそうなのだが、とにかく調べが甘いので藁人形論法になっている。ナショナリズムと言えば排外主義、排外主義と言えばアンチ・グローバリズム、アンチ・グローバリズムと言えば流動的人間関係を否定、だからナショナリズムは固定的人間関係を前提などと思いついた気がするのだが、飛躍しすぎだ。排外主義者だとしても国内をどうするかは別の話だし、グローバル化が全ての国内制度を画一化させるわけでもないからだ。小泉元総理に新自由主義者やナショナリストなどのレッテルを貼りたいのだと思うが、そう思いたいからそう主張している域を出ていない。日本の左翼政党の低迷から考えると、こういう旧態依然とした左翼プロパガンダは、もう流行らないと思うのだが。

2 コメント:

松尾匡 さんのコメント...

毎度ありがとうございます。

1.については、前回、まさにご指摘と同じことを申しております。戦後はリベラルがナショナリズムを志向し、流動的人間関係の原理に基づいて、社会保障などのナショナルなシステムを正当化しようとしたと論じています。

3.については、こと拙稿の該当部分については新古典派批判の文意は何もなく、新自由主義の政治言説の側が新古典派経済学を論拠としておきながら、どんな新古典派も概して支持しない産業政策を志向する傾向を持つことの矛盾を指摘したものです。新古典派経済学が必ず政府介入を嫌うわけではないことはもちろん承知していますが、この文意の中ではあまり意味がないことです。
ちなみに全く余談ですが、凸解析をしているのが新古典派経済学と定義しますと、私の本当の専門のアカデミックな業績も「新古典派」ということになり、主観的にはあまりありがたくないレッテルに聞こえたりします(笑)。

2.についても、「グローバル化の推進者は外資歓迎」で「ウィンブルドン現象が起きたロンドン・シティを成功事例と捉えている」のはもちろん存じていて、それを批判するのが文意ではないのです。私自身もグーバル化賛成だし、「ウィンブルドン現象」を別に悪い問題とは思っていません。(労働者階級からすれば、日本資本もアメリカ資本も同じ資本側とするのが、正しいマルクス主義的プロパガンダでありまするw。)
グローバル化問題についての他のご指摘についても同じですが、あくまで新自由主義のナショナリストの目から見て望ましからざる傾向を描いているのであって、必ずしも私自身の評価を書いているわけではないということをご理解下さい。

まあ冒頭、「読者のみなさんの多くも私と同じく新自由主義に批判的な立場でいらっしゃるだろうという前提に甘えて、時間と紙幅の節約のために、いささか印象論的な議論ですませることをご容赦下さい」と書きましたとおり、今回の力点は「第三の道」がコミュニタリアニズムをとりいれたことの矛盾の指摘にあったので、新自由主義の側は論拠不足になっておりますことは事実です。
しかし、テーマはイデオロギーの内部矛盾の指摘にあるのですから、補足するとしたら、政治家や『読売新聞』や『ウェッジ』等々の言説を集める方向になります。あまりそんなエネルギーをかける気はしませんけど。

ではよいお年を。

uncorrelated さんのコメント...

松尾匡 さん

どうもです。

> 私の本当の専門のアカデミックな業績も「新古典派」ということになり、主観的にはあまりありがたくないレッテルに聞こえたりします(笑)

「新古典派」がバズワード化している証左かと(笑)

> 労働者階級からすれば、日本資本もアメリカ資本も同じ資本側とするのが、正しいマルクス主義的プロパガンダでありまするw

そりゃそうですね(笑)

> 必ずしも私自身の評価を書いているわけではないということをご理解下さい。

これは了解しました。

> テーマはイデオロギーの内部矛盾の指摘にあるのですから、補足するとしたら、政治家や『読売新聞』や『ウェッジ』等々の言説を集める方向になります

テーマが大きいので、詳細に議論すると、政治学や社会学の領域に踏み込まざるを得なくなりますね。

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