2011年11月2日水曜日

可能ならば働きたい、可能ならば専業主婦

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人間の自己申告は曖昧なもので、社会調査を行っている人間は大抵は半信半疑で聞いている。しかし、理論社会学者は信じてしまうようだ。社会学者・小宮友根氏のブログの「2.1. 性別分業の影響」の節に関連して、男女の就業希望者数の差が女性差別によるものとは限らないと言う指摘に対して、氏は『単純にある個人が「1)aという選択をしている」のでははなく、「2)可能ならbという選択をしたい」と希望してもいる以上、「(1)は個人の選好です」で片付かないことは自明に思える』と反駁している。しかし、社会調査における人間の自己申告をそのまま受け止める事は問題だ。

1. 「可能ならば専業主婦をしたい」と言う希望もある

申告されている希望の信憑性は、大抵のケースは低いものだ。特に労働には苦痛が伴うので、専業主婦が本気で働きたいのかは曖昧になる。

職場の同僚の女性で「可能ならば専業主婦をしたい」と言う人がいた。その後、結婚されたのだが、そのまま勤続をされている。可能ならば専業主婦をしたいのだが、夫の稼ぎが悪くて専業主婦ができないそうだ。もちろん生活レベルを落とせば専業主婦は可能だと思うので、生活レベルの維持が可能であればと言う事であろう。“お暇様”希望の彼女は例外的な人間では無い(20代女性に強まる「専業主婦願望」理由は「働きたくない」「ラクしたい」)。第4回全国家庭動向調査によると、主婦の「夫は外で働き、妻は主婦業に専念」の賛成割合は45.0%だ。しかし、希望と関係なく、労働をしている女性は少なくないであろう。

2. 「可能ならば働きたい」と言いつつ努力しない人もいる

専業主婦の女性で「可能ならば働きたい」と言う人は少なくない。しかし、家事・育児が就業不可能である理由にあげられているが、これの信憑性が低い。

公認/非公認の保育所を利用して働いている女性は多々いるので、本当に家事・育児が理由で不可能な人は少数派だ。第4回全国家庭動向調査によると、結婚や出産を機に仕事を辞めた妻のうち、再び働きに出る再就業率は74.6%だと言う。第1子出産後の就業継続率も40.5%ある。つまり勤労による収入と苦痛を比較して、専業主婦を選択している女性は多い。高収入夫の妻ほど就業率が低いダグラス・有沢の法則は、夫の稼ぎが良いと働かない主婦は多数いる事を示唆している。

3. 「可能ならば働きたい」と言いつつ就職活動をしない就業希望者

ここで小宮氏が重視する、潜在的労働力率(=(就業者数+完全失業者数+就業希望者数)/人口)と就業率の差を振り返ろう。完全失業者は就職活動中の人間で、これは男女共に比率に差が無い(時事ドットコム)。つまり、女性は就業希望者数が多いことになるのだが、調査方法を見る限りは口頭での就業意思の確認のようだ。「働きたいですか? ─ はい、子供が手間がかからなくて、良い仕事があれば。」と言うやり取りがされた可能性は少なく無い。「可能ならば働きたい」と言われても本気だと見なすのは早計だ。

追記(2011/11/05 18:00):労働力調査は調査員がサンプルの家庭を訪問し、調査票を配布・回収しているので、対面調査ではないそうだ(統計局)。もちろん就業希望で求職をしない理由は、調査票の選択項目にあり、統計が取られている。

4. 就業希望だが求職活動をしていない主婦は被差別者か?

(1)就業している主婦がいて、(2)求職活動をしている主婦がいて、(3)就業希望だが求職活動をしていない主婦がいる。ここでは業務内容や賃金格差のデータではないので、(1)は被差別者とは言えない。(2)は被差別者と言えるかも知れないが、男女でその率に差は無い。さて(3)は被差別者だと言えるのであろうか?

厚生労働省の資料などを見ていても、男女間賃金格差の是正のために、育児・介護休業制度を利用しやすいファミリー・フレンドリーな職場形成を促進するようにと書いてあるが、女性差別の是正のためとは書いていない。家事・育児の負担の負担は家庭の問題なので、家庭内の意思決定の結果として女性に負担がかかる傾向があるものの、それは差別とは呼べないためであろう。小宮友根氏は「実質的な機会の不平等」、つまり女性差別だと見なしているが、家計にとって最も効率的な役割分担は、社会通念上は女性差別とは見なされないようだ。

5. 潜在的労働力率と就業率の差は、経済的問題

男女格差につながっているのは否定できない。末子が6歳未満世帯の妻の有業率は、親同居世帯で51.8%、核家族で33.7%となっている(厚生労働省)。70年代に男女格差が拡大した時期とは現在は異なり、女性の労働提供を阻むものは保育所数の地域格差や保育所のサービス価格などになってきた。これらは女性差別と言うよりは、家計にかかる負担で経済的な問題だ。70年代に書かれた文献を紐解けば男女差別が就業率に差をもたらしていると書いてあるのかも知れないが、今は2011年だ。

6. 社会学の「通説」と女性の就業問題

これらの指摘を受けた小宮友根氏は、氏の主張ではなく、「「通説に照らせば弁護士さんの言ってることはおかしいですよ」と言ってるのですよ。」と主張している。「多くの論者が共有しており、それゆえ信頼性において優越的な地位を与えられ、反論する側に強く説明責任がかかる見解のことを「通説」というのです。この問題で言えば「格差を是正する必要はない」と主張する側が「その根拠に不当なものはない」ことを実証しないと。」だそうだ。つまり、小宮友根氏は、氏の主張は「通説」なのだから、適切な根拠がなくてもそれを信じろと主張している。

二つ、問題を指摘しよう。一つは、小宮氏が「通説」と主張する「男女格差が男女差別によってもたらされている」と言う通説が、通説である根拠が無い。佐野(2004)阿部(2005)、森(2005,2010)などの男女差別の存在を実証しようとしている研究が近年もあることは、「通説」に疑問が持たれている事を示唆している。一つは、男女差別と言うものの存在証明なのだから、存在を主張する側に常に立証責任がある。「通説」になるぐらい明快な議論であれば、簡単に説明できそうなものであるが、小宮氏のブログの当初のエントリーは、男女格差の集計データから男女差別を説明しようとする無理な試みで埋められていた。

7. 社会学者・小宮友根氏の稚拙な議論

元々は小宮友根氏の小倉秀夫弁護士批判で始まった議論は、小宮友根氏の最後のエントリーでは、応用経済学者の森ます美氏の事例研究を引用することで、ようやく男女の選好の違いを除去した上で、男女差別が賃金に影響している事を示してきた。しかし、男女差別があった事例が、どの程度、男女格差に影響しているのかを示せているわけではない。つまり、男女格差が男女の選好の差で説明できるのでは無いかと言う、小倉弁護士の主張は崩せていない。

また、小宮氏は『「賃金格差のすべてが差別や不平等の結果である」と私が主張しているのではないことはおわかりいただいていますか?』と言う一方で、『男女間の平均賃金格差についての小倉せんせのご評価をお聞かせください。「不正だ・どちらかといえば不正だ・わからない・どちらかといえば不正ではない・不正ではない」。はいどれ。』と、男女間の平均賃金格差そのものの正義を問うている。

さらに、小宮友根氏は、『政府パンフレットという「一般的見解」を紹介しつつ、その一般的見解が、いかに小倉見解と違うものであるかを述べているのが最初のエントリです。』と述べているが、「小倉弁護士のこの認識がどう誤っているか」「小倉弁護士の認識は相当おかしい」と小宮氏の言葉で小倉氏を批判している上に、「実質的な機会の不平等がある」と、引用されている厚生労働省のパンフレットの内容を超えた解釈を行っている。厚生労働省は男女差別があるとも、機会の不平等があるとも指摘していない。

主張の根拠を問いつめられると、小宮氏は話を変える癖があるようだ。もしかしたら小宮友根氏は、男女の平均賃金格差の是正が氏の政治的な目標であって、それが男女差別の結果であろうが無かろうが興味は無いので一貫した見識を持っていないのかも知れない。なるほど、そうであれば実態はどうでも良いのであるから、正体不明の「通説」を理由に女性差別があると言い続けても問題は無い。しかし、社会学ではそれで良くても、日常から職場で女性に向き合っている実務家や、他の学術分野の人間は「通説」では説得できない。むしろ負けを認める遠吠えだ。

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