2026年11月3日火曜日

t検定をかける前に観測値が正規分布であるか確認する必要はなく、異常値が無いか気をつければよいよ

看護研究発表で、「(入院日数の)平均値に対して標準偏差が大きいデータにt検定が使用されてい」たので、「今回の検定を選択する際に、正規性は確認されましたでしょうか?」と質問し、「15症例であれば非正規の可能性が高いので、マンホイットニー検定で」と示唆したところ、出禁になったというツイートが反響を呼んでいた。

言い方がよくなかったのではないかなどと言う議論がされているのだが、質問者の方が統計学をよくわかっていない蓋然性が高い。

中心極限定理は強力

平均値に対して標準偏差が大きいというのは、観測値が最頻値(分布の頂点)に対して左が厚くて短く、右が薄く長い、ガンマ分布のようなものであることを示唆する。経験的に入院日数はガウス分布に従うと見なせることが多い(e.g. Hashmi and Sarr (2005))。

ガンマ分布にt検定をかけてはいけないと言うことはない。t検定は平均値の検定であるので、観測値の分布自体は問題にならないからだ。

上の図の左側は、ガンマ分布も左に寄ったパラメーターを持つ分布から、15万の乱数を生成して描いたヒストグラムだ。中央は、乱数を15づつ1万のサブセットをつくり、その1万サブセットの平均のヒストグラムを描いたもの。右は、サブセットの中の1〜7番目の要素の平均から、8〜15番目の要素の平均を引いた値のヒストグラムだ。

歪みが完全に消えるわけではないが、そこそこ正規分布に近いことがわかる。

Mann–WhitneyのU検定は使ってはいけない

Mann–WhitneyのU検定には、比較する二群の分散が等しいという厳しい前提がある。この条件は一般に満たされないため、この条件を緩和したBrunner-Munzel検定を使うことが推奨されている。Student's t-testではなく、Welch's t-testを使うのと同様の理屈だ。

なお、U検定とBrunner-Munzel検定は、観測値X₁,X₂においてP(X₁<X₂) + P(X₁=X₂)/2 = 0.5を帰無仮説としている。Jリーグから無作為に1名のサッカー選手を選び、プレミアリーグから無作為に1名のサッカー選手を選び、両者の年俸を比較したときに、確率的に年俸が高いリーグの方を年俸が高いとするような基準で比較している。

二群の平均の差を議論したいときは、Brunner-Munzel検定の結果は座りが悪いことには注意しよう。平均に差はないが上の意味で大小のある分布もあるし、(たぶん)逆もつくれるからだ。t検定の方は、平均値を比較するので、議論との乖離は無くなる。

正規分布ではないことを確認するのには大標本が必要

正規分布ではないことを確認するのには大標本が必要だ。50未満ではかけるなと言う話があったが、その程度の数で済むのか疑問だし、50もあったら大概は中心極限定理がよく働く。

検定を重ねるとp値に補正がいる

質問者は検定しろとは言っていないのだが、正規分布ではないことを確認すると検定手順が複雑になるので、p値の補正が必要になる。そして(多重比較と異なり)明快な補正方法は提案されていない。

本当に注意すべきこと

異常値。箱ひげ図(boxplot)を描いた時に、上下のヒゲの外れに丸がプロットされていないかに注意しよう。小サンプルでそれがあったら、期待値も分散もないので中心極限定理が働かないコーシー分布のようなものの蓋然性が高い。

統計解析ソフトのRのデフォルトでは、観測値が第1四分位(Q1; 25%パーセンタイル, 箱の上下端)から、さらに四分位数範囲(IQR; Interquantile, 箱の長さ)の1.5倍より外れている場合を異常値としてプロットする。雑に相場観を示すと、正規分布では100に1つもない値となる。

なお、コーシー分布は、分光法や金融商品の価格推移などで正規分布よりも当てはまりが良いそうだが、重要な共変量が欠落していて当てはまりがよくなるときもある。有名プロ野球選手を排出している高校の卒業生の平均所得は対数正規分布よりもコーシー分布の方が当てはまりがよくなるかもだが、有名プロ野球選手を別グループにすれば対数正規分布になる。

まとめと提案

話題の看護研究発表でt検定を用いたこと自体は不適切とは言えない。逆に質問者の観点や提案は誤解に基づいている。

一般的な運用指針としても、Welchのt検定をかけた後に、箱ヒゲ図で異常値が入り込んでいないことを確認する*1ぐらいでよい。異常値の処理だが、観測対象に近い看護研究のような場合は、異常になった原因を特定して除外することを推奨する*2。中心極限定理は漸近性なので、小サンプルではモデル不適合による誤差が大きくなっていることに注意しつつ、解釈を行おう。もっと大きなサンプルが必要という話は変わらないが。

なお、Ruxton, Wilkinson et al. (2015)では、Welchのt検定/Brunner-Munzel検定といった二標本の違いの検定を行う前に、正規性の検定を行ってはいけないとした上で、予備知識に基づいて判断し、予備知識がない場合はBrunner-Munzel検定を選ぶことを勧めている。しかし、Brunner-Munzel検定の積極利用は(止めないが)勧めない。適切に共変量をコントロールしている場合、中心極限定理が働かないコーシー分布の当てはまりがよくなることは稀だ。また、t検定が使える場合はt検定の方が検出力が高いし、そもそも平均の差を議論したい事が多い。多重比較補正*3もt検定(と整合的な手法)の方が、運用が楽という面もある。

*1検定方法の選択ではなく、頑強性の確認だという立場をとる。データから検定方法を選ぶと、p値の補正が必要になる。異常値の有無で検定方法を変えるぐらいでは、p値を恣意的に操作しようと見做せないので文句は言われないが、極めて厳密には問題かも知れない。

*2スキャンダル発覚後の政治家の入院のようなものであったら、誰も文句は言わない。

*3せき、くしゃみ、発熱、倦怠感といった症状の有無を分析する場合などは、どうしても検定を繰り返すことになるが、どれか一つでも当てはまれば群間の差異を認める場合は多重比較補正が要る。

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