2024年10月14日月曜日

護衛艦あたご漁船清徳丸衝突事件の石破防衛大臣(当時)の対応の是非の議論で抜けていること

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裁判では護衛艦に非が無いと判決が出たと主張されている事が多いが、海難審判では漁船が主因とし、当直士官の責任は否定するものの、護衛艦の組織的な不注意があったことが指摘された。当直士官の刑事裁判では、航路・位置に関して証拠が不十分なので無罪とされており、護衛艦が無責であったかは確認されていない。

マスコミ対応を担当していた当時の海幕防衛部長の河野克俊氏が、「海幕が航海長から事情を聴いていると聞き、隠蔽が疑われるといけないので、自分が航海長から直接話を聞いた」と言う石破防衛大臣の国会での説明を、事実と異なると批判しているが*1、河野氏は事件後に更迭されており、証言が客観的かは分からない*2。また、氏の説明が正しくても石破氏が誤認する状況であった可能性はある。

事故の経緯が確認される海難審判前に謝罪したことは、常識的ではない。ただし、交通事故では過失割合に関わらず、被害が小さかった当時者が、被害の小さかった当時者を見舞うことは通例である。自衛隊の置かれている政治的状況を考えると、大臣や幕僚が見舞いに行くことも異常とは言えない。事件の一年前に防衛庁が防衛省に昇格したわけだが、「軍」の権力拡大と捉える人々もいた。

石破氏の真意は分からないが、メディアに自衛隊と市民が対立している構図が描かれるのを避ける意図があったとしても驚きではない。一方、市民に対して政治的配慮を効かせすぎ、現場の自衛官に不満を貯めた側面も否定できない。事故は被害者感情に配慮せずに淡々と処理すべきとは思っているが、相手側の感情がそれで収まるかと言うとそうではないことも多い。

なお、石破氏は自身の減給処分もしているし、当時の一連の不祥事の責任を取る形で、翌年、改造内閣では再任されていない。更迭された河野氏は、短期で出世コースに戻り、2011年に自衛艦隊司令官、2012年に海上幕僚長に任命されている。

*1(4ページ目)「韓国軍は無礼を通り越していた」前自衛隊トップが明かす“安倍総理にお仕えした4年半”激動の舞台裏 | 文春オンライン

*2インタビューでの回答は抑制的なので、信じるに足ると判断してもおかしいとは思わないが。

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