2024年8月27日火曜日

Intelの赤字転落と計算機の利用目的の衰勢

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比重はさておき、現在の世界の業務の大半は計算機によって直接間接に支えられている。計算機の基幹部品で排他性のあるものと言えばマイクロプロセッサー(MPU,Intel用語でCPU)で、その1990年代中盤からの独占的供給者であるIntelが、2024年に入り2四半期連続の赤字に転落、大規模なリストラを実施するに至った*1。赤字は1986年以来だ。理由は各方面で指摘されている通り、マイクロプロセッサーのコモディティ化と、高性能計算(HPC)向けの製品で遅れをとったことが理由だ。

1. MPUのコモディティ化

パソコンにしろ(人工知能用途ではない)PCサーバーにしろ従来用途では高性能化の費用対効果が乏しくなってきており、費用対効果の高い部品はマイクロプロセッサーではなく主記憶装置メインメモリー外部記憶装置ディスクになっている。潰れそうだが生き延びてきた競合会社のAMDが市場シェアを伸ばし、スマートフォンやタブレット端末、そしてMacintoshではx86アーキテクチャではないARMプロセッサが主に用いられている。PCの世界出荷台数は増減があるものの2011年がピークで*2、9割を超えていたIntelの市場シェアは7割まで低下している*3。2006年のIntel Macでx86アーキテクチャが世界を統べるかのように思われたのだが、そんなことはなかった。収益にはさほど影響していないと思われるが、VLIWのIA-64アーキテクチャー(i.e. Itanium)でハイエンド指向を続けようとするが、AMDのIA-32を拡張するx64に呑み込まれてぽしゃったり、Intelも業界を引っ張るのには苦労している。

2. GPGPU製品の提供の遅れ

人工知能ブームのおかげで、配列や行列の計算で高いパフォーマンスが出る画像処理用プロセッサーユニットによる一般用途計算(GPGPU)市場が急拡大しているのだが、ゲーム用の高性能グラフィックス技術の転用であるためか、Intel製品は競争力に乏しい*4。同社はビデオカード市場向け製品を1998年の後は2022年まで出していなかった。Intelも科学技術計算に対するサポート的な製品をずっと継続的にリリースしてきているのだが、大きな市場になるのは予想外であったと思われる。一方、9割近くのシェアを占めて先行するNVIDIAは、ビデオカード用のチップに搭載するようになったグラフィックス用の計算能力を、2007年の製品から科学技術計算一般に利用できるようにして(i.e. CUDA)、市場に利用を提案してきた。2009年に、HPCに関する研究業績に贈られるゴードン・ベル賞の価格性能部門で、GPGPUを使った研究が表彰される。スパコンでの利用例が報道されていく中、2018年頃の仮想通貨マイニングのブームで高い有用性が示され、その存在感を示す*5。現在はNVIDIAが提供する開発ツールが広く受け入れられており、NVIDIA製品を凌駕するパフォーマンスの製品を出しても簡単にはシェアを取れない*6

3. 計算機の利用目的の趨勢

科学技術計算からはじまり、事務機器、通信機器としての性質が与えられてきた計算機が、ここに来て科学技術計算のための道具として再び注目されているのが興味深い。計算機の利用目的の衰勢の表れだ。電子計算機が発明される前の19世紀から20世紀初頭では、コンピューターと呼ばれる女性が数値微分などをせっせと計算していた。GPGPU/CUDAのデモにニュートン力学/ルンゲ=クッタ法による天体シミュレーションがあったりするのだが、19世紀のハーバード大学のコンピューターの皆様も同じ計算をしていたそうだ。

なお、事務機器、通信機器としての計算機が廃れたわけではなく、GPGPUで計算する場合にもMPUは必要。どんな利用目的が注目されているかと言う話で、技術的には過去に戻る可能性はない。人類が手計算を頑張る時代は恐らくもう無い。また、x86アーキテクチャのMPUへの需要が無くなったわけではないし、落ちたとは言えIntelの市場シェアは圧倒的。赤字は突発的なものと思われる。大掛かりな計算機クラスターを用いるタイプの人工知能技術が幻滅期に入ったとき、GPGPU市場がどうなるかも分からない。GPGPUに依存していない経営の方が安泰と言うことさえあり得る。現在の状況からだけではIntelと言う営利企業の経営の善し悪しは分からない。

*1インテル、赤字拡大で1.5万人削減 株価一時2割下落 - 日本経済新聞

*2PC vendor shipments worldwide 2023 | Statista

*3インテルの事業概要と世界のCPU市場|5バリュースクウェア

*4Intelは1998年からグラフィックスアクセラレーターを開発・販売しているのだが、最初の製品以後はMPUの周辺チップセットに統合するローエンド指向が続き、再び単体販売される製品を発売したのは2022年になる(Intel Arc Aシリーズ)。

*5仮想通貨マイニングでPCゲーム好きが大迷惑 | Business Insider Japan

*6Intel社もOpenVINOと人気の深層学習フレームワークPyTorch用のIPEXを提供しているし、ベンダー依存性の低い技術OpenCLもあるが、CUDAの方が人気だ。

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