4月15日の岸田総理襲撃事件*1、テロリストの目的が自らの主張を社会に伝えて人々の共感を得ることだと言う前提から、メディアがテロリストの主張を世間に伝えることがテロリストの利益になるし、模倣犯を誘発することになるという議論がされている*2。しかし、話の前提となっているテロリストの目的だが、過去のほとんどの事例では自らの考えを伝える事ではない。
数多くのテロ事件がWikipediaなどにまとめられている*3ので、一部でも読み込んでどういう事件だったか把握してもらいたいのだが、政治的な障害もしくは害悪となっていると思われる要人の排除、社会経済活動の妨害による社会不安の醸成、政治的譲歩を目的とするものがほとんどであり、テロをきっかけに主張を広め、人々の共感を得ようとした事件は極めて少数だ*4。安倍元総理暗殺事件ですら、犯人が事件直前に書いた手紙の記述からは*5、統一教会の最大のシンパだと犯人が信じた安倍元総理の排除を狙ったものであり、世間に自らの考えを広めようとしたものとは言い難い。テロ事件の報道がテロリストの利益になる場合もある。クライストチャーチモスク銃乱射事件(2019年)では、実行犯は犯行をインターネットを通じて実況中継するなど、世間の注目を浴びることも目的であったと考えられている*6が、世間の共感を得るためではない。
今回の岸田総理襲撃事件の襲撃犯が、安倍晋三銃撃事件(2022年)で犯人の主張が広く報じられ、世間の共感を得たことに着目した可能性はある。しかし、襲撃犯は現時点まで犯行声明を出しておらず、事情聴衆でも動機を語っていないので、襲撃の目的は不明だ。犯人は被選挙権の年齢や高額の預託金が不当だと強く考えていたと見なせる状況がある一方、被選挙権年齢の話はにわかにメディアに取り上げられているし、高額の預託金もまるっきり注目されていないと言うわけではない。過去のテロ事件のほとんどでテロリストの主張が世間に受け入れられることはなく、岸田総理襲撃事件でも「主張が正しくても暴力的な行為を用いて訴えた場合、主張は正当性を失う。」と言うような非難が多数からされていた。犯人が理路整然と物事を考えていないこともある*7ので、岸田総理襲撃事件の襲撃犯がぼんやりと安倍晋三銃撃事件に影響された可能性はあるが。
*1【詳細】岸田首相 演説先で爆発物投げ込まれる(15日の動き) | NHK | 首相演説先 爆発事件
*2岸田首相のテロ男は、安倍元首相暗殺の模倣犯か?テロリストの背景をこれ以上報道しないほうがいい理由(髙橋 洋一) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)
追記(2023/04/22 23:43):「犯人の動機を報じるな」はどういう理屈? 首相襲撃事件で一部自民党議員が主張:東京新聞 TOKYO Web
*3ミュンヘンオリンピック事件(1972年)、三菱重工爆破事件(1974年)、ボローニャ駅爆破テロ事件(1980年)、オクトーバーフェスト爆弾テロ(1980年)、パンアメリカン航空103便爆破事件(1988年)、オマー爆破事件(1988年)、マドリード列車爆破テロ事件(2004年)、ロンドン同時爆破事件(2005年)、ノルウェー連続テロ事件(2011年)、パリ同時多発テロ事件(2015年)がお勧め記事である。
*4ユナボマーは1978年から1995年までの17年間で15回の爆弾事件を起こした後に、メディアに反科学主義、反産業主義を人々に勧める論文掲載を迫った。当初から自らの主張を社会に伝えることを目的としていたとは考えづらい一方で、最後に目的としたとは言える。なお、論文は掲載され、ユナボマー逮捕につながったが、ユナボマーやその模倣犯が、自分の考えを広める事に成功したとは聞かない。
*5山上容疑者の手紙[全文]・書き込み = 安倍元首相銃撃 | The HEADLINE
*6当時のジャシンダ・アーダーン首相のこの事件に関するスピーチが、テロリストの考えを報道してはいけない根拠として言及されているが、テロリストは悪行で有名になりたがっていたので、彼女は名前を呼ばないし、呼ばないでくれと言っていただけである(Ministerial Statements — Mosque Terror Attacks—Christchurch - New Zealand Parliament)。
*7濱口雄幸暗殺犯の佐郷屋留雄は、統帥権干犯を暗殺理由にあげながら、統帥権干犯の意味を理解していなかったと言われている。
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