フォロワーが4万を超えていたネット論客の青識亜論氏のTwitterアカウントが突然凍結された理由が訝しまれている。侮辱や名誉毀損や猥褻物頒布などいかにも規制されそうな行為はしてこなかったからだ。しかし、Twitterポリシーを眺めると、一つ引っかかりそうな項目がある。このポリシーで凍結されてしまった著名アカウントは他にも思い当たるので、リスクを周知する意味で、青識亜論氏の言動を検討しておきたい。
1. 児童性愛の擁護は排除される
「未成年者に対する性的関心を、個性や性的嗜好として助長または正常化する」行為は「即時かつ永久に凍結」になる。未成年者を対象にした性的関心は、二次性徴前が対象のpedophiliaと、二次性徴後の10代前半が対象のhebephilia、10代後半が対象のephebophilia、そしてそれらだけに性的関心が拘束されない非排他的なものがあるが、青識亜論氏はpedophiliaもhebephiliaもセクシュアリティの一種なので、同性愛と同様に社会に包摂されるべきであり、恥ずべきことではないと主張してきた*1。
Twitterポリシー上はpedophilia(e.g. 学童)やhebephilia(e.g. 中学生)どころかephebophilia(e.g. 高校生)への性的興味(以下、児童性愛)をセクシュアリティとして言及するだけで「即時かつ永久に凍結」になる。それらへの性的関心が社会に包摂されるべき、それらは恥ずべきことではないとする主張は、異常だと認定しない意味で、正常化(そして賛美)しているので、「即時かつ永久に凍結」になる。児童の性的搾取に関するポリシーは実際に広く適応されており、女子高生への性的興味を呟いて、凍結されてしまったと訴えている人もいた。
2. 詭弁ではSNS検閲は防げない
青識亜論氏は言葉遊びをして上手く言った気になっていたのだと思う。すべての性的指向は社会的に包摂しなければならないと言うようなキャッチコピーを見かけた人は多いであろう。このリベラル節を逆手にとって論敵を論破したいと思ったのか、同性愛は性的指向の一つで、児童性愛も性的指向の一つなので、児童性愛は同性愛と同様に社会に包摂すべきだと言う主張を組み立てた。しかし、同性愛と児童性愛の道徳的に関わる性質は異なるので、誤まった類比と言う詭弁だ。児童保護の観点に立てば、成人同士の同性愛と児童性愛は同じようには社会は包摂できない。何ら犯罪を犯していない児童性愛者を差別することは許されないと言う主張も、児童性愛を蔑視するポリコレ義務の方が優先であれば配慮する必要が無い。また、議論の中で詭弁を詭弁だと説明するのは苦労だが、SNS検閲する側は詭弁と判断したら言語化せずに凍結できる。口先三寸で逃れるのは難しい。
3. SNS検閲のポリコレ棒は無益
こういう理屈でTwitter運営者のポリコレ棒は容赦なく青識亜論氏を打ち砕いた…と思われる。他に有力な説明はないので、蓋然性は高い。
古典的リベラリストの大家J.S.ミルの言う言論の自由の目的から考えると、このSNS検閲は問題だ。青識亜論氏の考え方が誤まっているにしろ、議論を通じて問題点を指摘し、確認することで、児童性愛の問題点を明らかにする方が、児童保護の必要性を周知できるので望ましい。また、青識亜論氏の意見にも、考察すべき論点はある。リベラル節におけるセクシュアリティと言う言葉の定義が、御都合主義なのは確かだ。さらに何ら問題の無い意見が凍結理由になりうる。「生物的、歴史的には二次性徴後の少女を性欲の対象にするのは正常だ。」と言う指摘は、このポリシー違反になる可能性がある。「現代では問題行為になるが、」などと前置きをすればよいようだが、うっかり突然死しうるわけで、議論を困難にしている。
そして実際のSNSの凍結処理は違反理由を明確にしない傾向があるので、制裁を受けたユーザーは何が悪いと思われたのかすら分からない。青識亜論氏は凍結直後は大量のツイフェミが組織的に大人数で通報を行ったのではないかと勘案していた。いやいや、そんなSNS工作をする人たちは…と思ってしまうわけだが、今回の事件の余波で実際に1人はいることが判明している。誤解をしても仕方が無い。
*1青識亜論氏は確認できる範囲で2014年12月から2022年4月まで繰り返し主張してきて、かつ討論で反論される中で繰り返し立場を言明していた(続・「ロリコンへの恐怖」と「同性愛への嫌悪」の違いについて(安田鋲太郎氏・青識亜論) - Togetter)
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