ネット界隈でよく表現の自由戦士に批判されている武蔵大学の北村紗衣氏らが差出人となって、「女性差別的な文化を脱するために」と言うオープンレターを公開している。このオープンレターでSNSでの振る舞いを非難されている人物が歴史学者が、問題のSNSでの振る舞いを理由に不当に任期無し雇用への昇格を取り消されたと所属先を訴えたことで、再注目されているのだが、言論の自由を強く抑圧しようと言う主張になっているので注意したい。
1. 人格攻撃ではなく、自分たちへの主張への批判を咎めている
このオープンレターの差出人と賛同者たちは「性差別的な表現に対する女性たちからの批判を「お気持ち」と揶揄する」ことを中傷や差別的発言とした上で*1、発言者*2と「同じ場では仕事をしない」ことを含めて、「中傷や差別的言動を生み出す文化から距離を取ることを呼びかけ」ている。一見するとそれらしいが、言論の自由を著しく抑圧する主張になっている。
差出人は批判者ではなく批判を揶揄することを問題にしている*3ので、侮辱や名誉毀損の抑制を超えた、もっと強い主張になっている。さらに、性差別ではなく「性差別的な表現」と書かれていること、揶揄が「お気持ち」であることから、ここ数年間、差出人の多くが行ってきたマンガやアニメなどにおける女性表現への批判への反応を念頭に置いていることは明らかだ。「女性たち」は差出人を含む表現規制派フェミニスト*4を指している。
2. 揶揄も主張への批判のひとつの形態
揶揄は不正な批判の方法だと思うかも知れないが、差出人にとって不当な表現に思えても、批判者から見たら正当なものであることは多い。例に挙げられている「お気持ち」と言う揶揄も、差出人らの主張に根拠が乏しく一貫性に欠ける*5ことや、結局は女性表現をみた女性の感情を問題にしている*6ことから「お気持ち」と表現している人々は多いはずだ。今までも主張への批判は、揶揄であっても、侮辱や名誉毀損とは見做されてきていない。世の中、主張者が男性であっても、女性であっても、その主張への揶揄はされている。主張ではなく行為に対してだが、差出人の一人の北村紗衣氏も歴史学者を「かわいらしい方ですね」と揶揄していた。
3. 言論の自由を脅かすキャンセル・カルチャー
発言の萎縮を招き言論の自由を脅かすキャンセル・カルチャーであることは間違いなく、このオープンレターでもキャンセル・カルチャーであることは否定していない。むしろ、「差別を受ける側のマイノリティ…にとって敵対的な、安心して発言できない場所であり、いわば最初から「キャンセル」されている」から、キャンセルすることが正当化されると暗に主張している。SNSで非難されている表現規制派フェミニストの多くには、任期無し雇用の大学教員として確固とした社会的地位があり、主張することで社会的制裁を受けることはなく、主張を批判されて不愉快になる以上の不利益は無く、まったくもってキャンセルされていないが*7。
4. まとめ
オープンレター「女性差別的な文化を脱するために」は、表現規制派フェミニストへの侮辱や名誉毀損ではなく、その主張への批判を、批判者への社会的制裁で抑圧しろと呼びかけているキャンセル・カルチャーのひとつだ。表現規制派フェミニストにとって誤った主張に思えても、批判されること自体は甘受しなければ言論の自由の目的は達せられない。全体として誤った批判の中にある部分的な重要な真理を拾い出したり、誤った批判に反論することで正しい意見が確固たるものにしたりする言論の自由の機能から考えて、侮辱や誹謗中傷といった人格攻撃の規制は受容しうるが、主張への揶揄まで禁じることまでは受け入れ難い。人文系の大学教員が起草していると思うのだが、J.S.ミルの『自由論』は思い浮かばなかったのであろうか。
*1「性差別的な表現に対して声を上げることを「行き過ぎたフェミニズムの主張」であるかのように戯画化して批判すると、別の誰かが「○○さんの悪口はやめろ」とリプライすることがあります。こうしたやりとりは・・・中傷や差別的発言を、「お決まりの遊び」として仲間うちで楽しむ文化」とした上で、そのコミュニケーション様式の一例として揶揄を上げているので、揶揄を中傷や差別的発言としていると分かる。
なお、「性差別に反対する女性の発言を戯画化し揶揄すると同時に、男性のほうこそ被害者であると反発するためのコミュニケーション様式」ともるので、女性表現物以外の女性の主張、例えばパンプス義務反対運動(i.e. Kutoo)を揶揄する発言も含まれる。
*2正確には「中傷や差別を楽しむ者」なので、会話に参加している発言者たちだけではなく、それらの会話を拡散している者も社会的政策を加えるべき対象に含まれている。
*3「女性の発言を戯画化し揶揄する」のが問題と書いてある箇所も多いのだが、揶揄は戯画化を含む概念なので戯画化は省略する。
*4自主規制を求める人々も表現規制派としている。
*5関連記事:日本赤十字社の理念は「お気持ち」ではなく血液製剤の安全性と品質の向上という帰結重視ですよ
*6関連記事:ジェンダー社会学者によって「お気持ちフェミニスト」が適切な表現であることを示される
*7そもそも言論の自由のために発言によって社会的地位が危うくなる人々を保護する必要があることは、社会的地位が危うくならない人の口を塞ぐ必要があることを意味しない。
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