マクロ経済学者の齊藤誠氏の「父が息子に語るマクロ経済学」を、ふとした切っ掛けで手に取ってみた。タイトルから議論の踏み込みの甘い啓蒙書かと思っていたのだが、想像とは大きく異なるものになっていた。父と子の対話でカジュアルなイメージを醸し出してはいるが、内容はしっかり標準的なマクロ経済モデルに基礎を置いている。また、いわゆる教科書と比較すると、モデルの選び方やデータにつけた注釈に個性や主張があって、かなりエッジが立っている一冊になっていると思う。
1. 非マクロ経済学徒でリテラシーが高い人向け
本書の対象読者は、微分を使う程度ではあるが数学の知識がある、本当の意味でリテラシーが高い、まだマクロ経済学を勉強していない人々になっていると思う。そういう人々にニーズがあるかが問題になるが、誰しもマクロ経済の影響は受けるし、SNSを見るかぎり政治学や社会学を専攻する人々も関心は高いようだ。狙いはそれらリテラシーが高い人々に、実際にマクロ経済を判断するための基礎知識を提供することであろう*1。巷の経済本と違って、しっかりした現代的なマクロ経済学へ誘うように配慮されている。
2. 経済学史や経済論争は省略されている
多かれ少なかれ教科書で触れられることが多い、ケインジアンや新古典派と言った経済史もしくは経済論争に言及していない。これらの話は宗教史に近く、実際のマクロ経済分析には直接役立たない上に、経済学は宗教だと勘違いされる要因になっていたりする。マルクスやケインズの言葉を奉る時代で無くなって久しい。本書でも唯一マルクスが出てきているが、節の最後のコラムでだが、「資本論」は将来の経済状態予測から現在が決まる点が抜け落ちていて面白く無いと叩き切られていた(P.63)。
3. 代表的な動学成長モデルを頑張って紹介
マクロ経済は動学的な、それも最適経路で考えましょうと言う主張がなされている。その為、普通は学部で勉強しない気がするラムゼー・モデル(第5講)に踏み込んでいる*2一方で、データ編に追いやられている均衡予算乗数(第3講)を除けばIS-LMモデルのような静的なものには触れられていない。対象読者を考えて、細々とした情報は排除されている。ソロー・スワン・モデルとドーマー条件(第8講)について触れられているが、明示的にはモデル名は取り上げていない。
4. 所々に政策的メッセージがある
為替や財政や失業率のところで一部の人に面白く無いかも知れない政策的メッセージが書いてあるのも、教材としてはエッジが立っていると感じる。教科書としては、踏み込んでいると思う。政治的に思われるかも知れないが、モデルを前提にデータを見た上で解釈を与えるのも経済学。マクロ経済学として突飛な事は書いていないし、概ね常識的な話になっている。気に入らない話もあるかも知れないが、どの前提が主張に効いているのか批判的に読んでも勉強になると思う。
5. 自然失業率の計量的な定義に疑問が残る
私が不勉強なためだと思うが、次の点は疑問が残った。本書では自然失業率を、失業流入率と失業流出率を所与とした定常状態の失業率として説明している(P.260--263)が、UV分析から導出される構造失業率の推定で置かれる、欠員数=失業者数と言う条件が無くていいのであろうか。こんな事を言い出すと労働意欲喪失効果や何やらと議論が複雑になるので排除したのかも知れないが、刻々と上下する自然失業率に直感的な違和感が残る。
6. 頑張って読む価値はある
初学者には大変な気はするが、頑張って読む価値はあると思う*3。厳密に議論すると難しい ─ しかし、重要なモデルにも陽に暗に言及しているし、マクロ経済統計についてページ数が多く割かれていて、所々実際のデータに関して言及がある。個々の議論を信じるにしろ、信じないにしろ、マクロ経済に関して語るのであれば、この程度の知識は欲しい。もちろん、知るべき事はもっとあるのだが、358ページに詰め込む基礎としては洗練されている。
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