数学徒や物理学徒の間で平易な説明からラノベのようだと名高い多様体の教科書がある。松本(1988)「多様体の基礎」だ。説明を平易に内容を絞り込んだテキストで、出来る子はもっと範囲の広い「多様体入門」の方を読んでいるようなのだが、多様体と言う単語を理解するために読んでみた。
多様体(manifold)は説明するのが難しいモノである*1。局所的に座標があると見なせる図形や空間と言う説明はそうなのではあるが、幾何学に集合や位相といった数学的な基礎付けを加えたものとも感じるし、抽象的に図形や空間を分析する手法のようにも思える。よく物体の穴の数が同じならば位相同型、マグカップとドーナッツは同じようなモノになると例示されているが、むしろマグカップとドーナッツが同じようになるように体系が整備されている。ただし応用範囲が限られるのか、この位相多様体に少し特徴が追加された、微分可能多様体が教科書の主題になるようだ。本書では主に微分可能多様体を取り扱っている。
ライトノベルと同様にやさしいかと言うと、そうでもない。本書の書き方は平易だし、定理の証明や問題で悩むところはほとんど無い。例も豊富だ。しかし、解析学、線形代数、複素数の知識はもちろん、集合や位相の基礎知識は要求される。第1章で説明されるが、覚えるためと言うより、思い出すためのものであろう。本書ではハイネ・ボレルの被覆定理などの証明は参考文献に任されている。理学部数学科では、昔は2年後期、今は3年前期で多様体を教えているようだが、前提知識からして自然とそうなる。当たり前の話だが、本書をライトノベルに感じられるのは、それなり勉強をして来た人に限られる。
前提知識があったら一夜にして読める本かと言うと、それも無理がある。これも多様体と言う題材のためだが、色々な概念と言うか、言い回しや書き方が導入されるので、やはり馴れがいる。数学嫌いには「引き戻し」「はめ込み」「埋め込み」「沈め込み」の定義がなかなか覚えられない。‘上へ’の写像と言わずに全射と言って欲しい。もっと覚えられないのが、式の書き換え。抽象化をしていく仮定で以下のような色々な表現方法が導入されるのだが、やはり初学者には紛らわしい。
上付きと下付きのアスタリスクで意味が変わるし。こう定義しますよとは書いてあるのだが、後で使われたときに思いつかない。一つ一つ定義を遡っていく作業を延々としている気になる。すると間食がしたくなるので、だんだんと体重が増えてくる。恰幅がよくなる覚悟があれば、最後までコツコツと読んでいけるわけだが。
定番本なので言うまでもないが、明らかに多様体を使う物理学などの分野の人々は、この本を読む価値はあると思う。ちょっと使わないなと思う人も、読んでみる価値はあるかも知れない。数学徒が異分野に流れて来て多様体を持ち込むときがあり、経済学や統計学でも利用が見受けられる。
学部の半期に詰め込む程度の内容で、もう一冊ぐらい多様体の本を読めよ感があって終わるので、本書だけでは不十分であろうが、何かの不幸で多様体に遭遇したときに助かる事は間違いない。そうでなくてもヤコビアンや逆関数定理や陰関数定理が使われているので、これらを記憶に定着させる役に立つとは思う。ストークスの定理も不動点定理の証明に使えたりする*2ので、場合によっては便利であろう。
少なくとも、どこかの思想家のように「多様体」と言う単語を使った意味不明な文章を書いたりしなくはなると思う(´・ω・`)
*1以前に「数学セミナー」2014年2月号の特集を読んだのだが、良く理解できなかった。
*2使わなくても証明できると言うか、使わない方が一般的。
0 コメント:
コメントを投稿