2022年6月9日木曜日

ドイツのブロードバンド普及は児童ポルノの不法所持を増やしたが、小児性犯罪は減らした論文

このエントリーをはてなブックマークに追加
Pocket

某氏がKendall (2007)を不用意に紹介して強く非難される中で、インターネットのブロードバンド接続の普及により、ノルウェーではポルノ視聴が性犯罪を増やしたことを主張する論文Bhuller, Havnes, Leuven and Mogstad (2013)が言及された流れで、Bhuller et al. (2013)と同様の分析をドイツで行った論文Diegmann (2019)*1が紹介されていたので拝読してみた。Kendall (2007)が主張し、Bhuller et al. (2013)が否定した、ポルノと性犯罪の代替効果が部分的にしろ観測されている。

1. 踏襲される分析方法

似たような分析と言うのは、性犯罪(もしくは性犯罪を誘発する未知の要因)がブロードバンド接続の普及に与える因果の可能性を排除するために操作変数を用いて因果効果を測定していること、年次ダミーが入った地方自治体パネルデータの固定効果モデルを用いていること、ブロードバンド接続普及の犯罪への効果を、警察認知効果(reporting effect)、出会い回数効果(matching effect)、犯罪者傾向を高める直接効果(direct effect)の3つの可能性を仮定して追加の計量分析を加えて検討するところが踏襲されている。計量分析の妥当性が適切かのテストが念入りなのも同様*2

2. 分析方法における相違点

地域が変われば入手できるデータも変わるので、電話線を使った高速データ通信*3xDSLのサービス開始エリアではなくて、基地局から地方自治体の中心地までの距離*4が一定以上を1、一定未満を0とするダミー変数を操作変数にとっていたり、水準ではなく*5、9年前との差分で推定していたりと、同じようには分析していないところもある。

ドイツ西部の8,157の地方自治体の中で、欠損値なく入手できる6,253自治体のうち、電話の基地局が自治体に無いサブサンプルの2,311自治体を分析していて、サンプルサイズとしては十分だと思うが、ドイツ全体を分析しているとはいえず、都市部が排除されたものとなっている。結果が(固定効果で取り切れない)都市と田舎の相違を拾っている可能性は低くなっているが、網羅性も低い。

3. 推定結果はかなり異なる

推定結果は、ブロードバンド普及は性犯罪を増やさないと言うものだ。それどころか、小児性犯罪を減らした。小児性犯罪が減った理由が気になるが、(同じ操作変数をつかったポルノ不法所持を説明する推定結果と、ポルノ不法所持の9割以上が児童ポルノであることから考えて、)ブロードバンド普及が児童ポルノの不法所持を増やしていること、地方自治体ごとのデータで小児性犯罪の減少と児童ポルノの不法所持に相関があることから、児童ポルノの蔓延が小児性犯罪を減らす代替効果が生じた可能性が主張されている。ネットを通じて潜在的加害者がケアされて犯罪予防になった場合は、小児性犯罪と児童ポルノが同時に減らないとおかしいので・・・と言う論考、潜在的加害者のケアがどういうものか想像がつかなくて正しいのか良く分からなかったが。なお、警察認知率の変化はなく、出会い回数の増加は未成年者にはあるが、これは犯罪件数の増加になるはずなので、直接効果が減少したと解釈していた。

4. 両国の社会政策の差異が影響か?

Bhuller et al. (2013)とDiegmann (2019)で大きく異なる推定結果が得られたわけだが、ノルウェーはポルノ禁止の売春禁止国である一方、ドイツは昔からケーブルテレビのスポーツチャンネルが深夜にポルノを流していた売春容認国であることが、人々のポルノ慣れやポルノで刺激された後の性欲の発散方法の多様性の差が結果を左右しているのではないかと想像が膨らむ。Diegmann (2019)では、ドイツでは合法ポルノの悪い影響は既に出ていたので性犯罪一般に影響はなく、児童ポルノは合法ポルノと異なる作用があるので、ノルウェーでも児童性犯罪は増加しなかったような可能性をモゴモゴ書いている。

日本に当てはめて考えると、ドイツの方が社会文化的にまだ近そうだ。なお、日本でもxDSLのサービス提供エリアは月単位でマップが出ていた記憶があるので、警察と電話会社の協力があれば、同様の分析はできる。総務省のお金と権力で研究をしたい。

4. 非実在児童ポルノの参考になる

さて、経済学の学術論文としてはBhuller et al. (2013)を踏襲した手法に新規性に欠けると思われたのか、ややランクが落ちる雑誌に掲載となってしまっているが、政策的にはそこそこ重要な知見がある。実在児童と言う被害者のいる児童ポルノを増やすわけにはいかないから、小児性犯罪を減らすと言っても実在児童ポルノの蔓延は許されない。しかし、非実在児童ポルノの蔓延はどうであろうか。小児性犯罪を増やすことは無さそうだし、むしろ減らす可能性すらあるわけだ。つまり、規制してしまうと、愛好家の楽しみを奪う面だけではなく、性犯罪被害者を増やすと言う面からも、世の中を悪くしてしまう可能性がそこそこある。

*1Diegmann (2019) "The internet effects on sex crime offenses Evidence from the German broadband internet expansion," Journal of Economic Behavior & Organization, Vol.165, pp.82–99(拝読したのはDP版

*2操作変数を変えてみて推定結果が変わらないか頑強性をテストしたり、長期トレンドを拾っていないか調べるplacebo testをしたしている。

*3最近のFTTH世代はxDSLが何か分からないそうなので。

*4住所を入力すると電話局からの距離が表示される申し込み画面を思い出してエモいと思っている人は昭和世代です。

*5昨年との差分を使った推定と同等になる。

0 コメント:

コメントを投稿