2022年6月6日月曜日

ノルウェーではポルノ視聴が性犯罪を増やした論文の問題点

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ポルノ視聴の悪影響は心理学の実験から社会統計の解析まで幅広く行われているが、手堅く分析しているものは少ないし、手堅く分析するほど観察される影響が小さくなる傾向がある*1。しかし、手堅く分析している分析でも、ポルノ視聴の悪影響を示唆するものもある。

Bhuller, Havnes, Leuven and Mogstad (2013)*2は、ノルウェーでのブロードバンドのインターネット接続普及が性犯罪を悪化させ、さらにそれがポルノ視聴を通じての効果であったことを主張する研究だ。この手の論文の多くは相関を見ているだけで因果効果の測定まで行かないことがあるが、因果効果の測定をしている。

1. ネット利用の性犯罪への因果効果の推定を行っている

この研究は、基本的な分析として、ブロードバンドのサービスエリアに入っている家計の数を操作変数(IV)に使い、インターネット利用率が性犯罪率に与えた局所的平均処置効果(LATE)の計算を行っている*3。原因の変数と結果(もしくは結果を誘発する未知の要因)の変数の間にバックドアと呼ばれる逆の因果があると因果効果の測定は上手くできないが、操作変数法は原因と強く相関する一方で、結果から影響を受けないと確信が持てる操作変数を用いて逆の因果の影響を消す方法で、よく使われるものだ。操作変数の妥当性が問題になるが、本論文では念入りに妥当性をテストしている。

2. ポルノ視聴以外のネット利用の効果を排除

もちろんこれだけだとポルノ視聴の悪影響とは言えない。インターネットは、ポルノを通じて人々を性犯罪者にしてしまう効果の他、警察届出率を引き上げて犯罪認知件数を増やす効果、人と人の出会う回数を増やして事件を増やす効果もありえる。しかし、暗数はインターネットの普及に関わらず安定しており無視できる。人と人の出会いが増加しているとすれば他の犯罪も増加しそうだが、そちらは増えていない。さらに、さらにポルノ規制の厳しい非国境の自治体と、ポルノ規制が緩いスウェーデンとの国境エリアを比較すると、非国境の方がインターネット普及の影響が強く出ている。これらの結果から、本論文では警察届出率や出会いの増加の影響は無視できるとする。

3. 念入りで模範的な計量分析

論理的に明快な議論を、問題関心に沿った標準的な手法の計量分析を、文句をつけ難い操作変数と理想的に思えるデータセットにかけており、さらに念入りに頑強性、妥当性がテストされている。データセットはノルウェーのブロードバンド普及期1993年から2008年の地方自治体単位のパネルデータで、アメリカと違って全国で法制度が統一されており、インターネット普及までポルノ規制がされていたのでポルノの悪影響の効果が観察されやすいと考えられる。さらに、地方自治体のパネルデータを用いて、固定効果と年次ダミーが入った推定モデル(FE-IV)を用いており、性犯罪に関係のある分析期間中は変化しない観察不能な変数、全国を通じて一定の年ごとの欠落変数は観察不能なまま制御できていると見做せる。説明変数は内生性や多重共線性が疑われるものは無く、説明変数を増減させた推定が行われており、結果の頑強性は保証されている。さらにプラシーボ・テストで地方自治体ごとの性犯罪トレンドの影響や、性犯罪とネット利用の両方に影響する欠落変数の影響が無いことも確認している。

4. それでも難点はある

お手本にしたい分析で、なかなか文句をつけづらい論文だ。ネット界隈で表現の自由を訴えている人々も、やはりポルノは性犯罪を増加させてしまうのかと思うかも知れない。表現規制派が正しかったのか。しかし、それでもよく読めば難点はある。ポルノ視聴率の影響を直接見るところではなく、直接見ているのはインターネット利用率の影響である問題は解決し切れているとは言えない。

インターネットがマッチング機会を増やすのであれば、他の犯罪も増えなければおかしいと言う前提で追加分析がされているが、出会い系マッチングサイトによってデート回数だけ特に増えた可能性は排除できていない。これらは、性犯罪以外はさほど増やさないと考えられる。また、出会い系サイトは潜在的な性犯罪者が出会い系サイトで活動しやすくなることから、出会いの回数だけではなく、(本論文ではポルノのみが影響すると仮定している)出会いごとの犯罪リスクの引き上げ効果も考えられる。国境エリアと非国境エリアの比較は、ポルノに触れる機会以外の両エリアの差異が影響している可能性が残る。

この論文の分析を超えた議論になるが、経験的に操作変数法を使った分析は信頼性が低いという観点もありえる*4

5. 表現規制派は参照すべし

こういう理由で、この論文だけを持って、ポルノが性犯罪を増やすとは断定できない。もっとも、ポルノが性犯罪を増やすと主張するときに論拠の一つには使える論文ではあるので、表現規制派が無根拠だと非難する表現の自由戦士の皆さんに紹介するのは悪くない。多くの国ではインターネットの普及とともにポルノ消費が拡大しつつも性犯罪率は低下しているので、悪影響があっても効果量は小さく他の予防措置で十分で、ポルノ規制すべきとまでは言えないなどと言われてしまうかもだが。

*1Ferguson and Hartley (2022) "Pornography and Sexual Aggression: Can Meta-Analysis Find a Link?," Trauma Violence Abuse, Vol.23(1), pp.278–287

*2Bhuller, Havnes, Leuven and Mogstad (2013) "Broadband Internet: An Information Superhighway to Sex Crime?," Review of Economic Studies, Vol.80, pp.1237–1266

*3性犯罪を起こしやすい人ほどインターネット利用に熱心であるとは考えづらいので、操作変数法を用いる必要があるかは疑念が無くもないが、未知の可能性を排除できるし、操作変数を用いない固定効果モデルと比較して係数の符号が変わったりもしておらず、誤まった操作変数で推定がおかしくなっている事も無さそうだ。

*4操作変数法を使った論文のp値の分布が歪である事が指摘されている。また、原理上、操作変数と他の説明変数には多重共線性があるため、サンプルサイズが小さいと、推定量がばらつく傾向がある。

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