2022年6月23日木曜日

性教育で若者の性感染症を減らすことができたよ論文

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表現物が若者に悪影響である*1として、教育が悪影響を相殺するように若者の行動に変化を与えられるとしたら、表現物を規制する必要は無くなる*2。エロ可愛い格好の女性表現が危険な性行動を誘発する論を政策的に考える前に、性教育の効果を評価しておきたい。査読論文として出版はされていないが、なぜかぼちぼち引用されているし、分析は概ね手堅く行なわれているBass (2016)*3を見てみよう。

アメリカでは1980年代から、性教育不要論があるにも関わらず、禁欲主体の性教育と、包括的な性教育の2種類が、州ごとに漸次的に導入されている。禁欲主体は結婚するまで性行動を控えようと呼びかけるもので、包括的な性教育は避妊や性感染症の予防知識を与えるものになる。過去の研究では、避妊具の着用を増やし、妊娠率を下げ、性感染症の抑制につながっていることが示唆されているが、統計的因果推論を用いたものは多くは無かった。

Bass (2016)では、連邦州若者危険行動サーベイ(YRBS)と、アメリカ疾病管理予防センターの性感染症調査(CDC’s Wonder statistics on STDs)を用いて、1991年から2013年のデータセットを整備。12歳から18歳の個人レベルの行動と、州レベルの公衆衛生を、差分の差分法(DID*4で分析を行なった。分析の頑強性を確認するために、政策変化前からの変化の傾向(pre-trend)も検証しており、性教育が義務化されていな世代になる20歳から24歳を用いた反証テスト(falsification test)も行なっている。結果は、性教育でコンドーム利用率が上がったように見えるが、それは性教育導入前からの傾向が続いているだけで、性教育導入で変化があったと言えるのは性感染症*5罹患率。妊娠率に影響は無く、性教育の内容も効果に影響していない。

なかなか示唆に富む結果だと思うが、Bass (2016)では性教育は費用対効果から実施すべしみたいな話であっさり結んでいる。想像力を刺激される結果なのに、ディスカッションが薄くてもったいない。性行動に変化は無く、コンドーム利用率に変化はなく、恐らく性感染症の定期検査などは行なわれるようになったわけでもないのに、性感染症罹患率が下がったと言うことは、性教育の結果、セックスパートナーを厳選するようになったと言う変化が想像できる。コンドームの利用などによる感染症予防を説く性教育と、禁欲を説く性教育に差異が無いのも整合的だ。

*1エロ可愛い女性表現を見て育った女子は、女は容姿と愛嬌と理解して自尊心が低下し、危険な性行動に走ったりすることがあると言う、セクシー化(sexualization)もしくはポルノ化(pornofication)の悪影響(関連記事:エロ可愛い格好は女性に有害)。なお、根拠とされる個々の研究の信頼性は低く、学問的に確定していると見做されている話ではない。悪影響の懸念があると言う程度に留まる。

*2ネット界隈では悪影響の存在を認めると、直ちに規制しなければならなくなると考える短絡的な人が多い。

*3Bass (2016) "The Effect of State Mandated Sex Education on Teenage Sexual Behaviors and Health," ESSPRI Working Paper Series, No.20161, University of California Irvine.

Health Economicsと言う公衆衛生分野では良い雑誌に、禁欲主体の性教育の感染症予防効果を主張するものだが、Bass (2016)と分析方法も結果も似たような内容のCarr and Packham (2017)が掲載されている。

*4よく用いられる統計的因果推論の定番手法。最近は学部でも一般的に教えているようで検索すると山ほど説明が出てくるが、以下に説明を用意した(クリックで拡大)。

*5性感染症全般ではなく、クラジミアを見ている。

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