2022年4月3日日曜日

日本国憲法第21条の「表現の自由」が求める芸術への公的助成のあり方

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表現の自由を理由に国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の中の「表現の不自由展・その後」*1で物議を醸した展示物を、憲法で保障される「表現の自由」の観点から*2、公費で展示したのは当然であった、公費で展示すべきでは無かったと言う論争をしている人々がいた*3*4のだが、オレオレ憲法解釈になっている部分がある。

1. 判例/裁判例を探そう

憲法に限らず法律の解釈に法的効力を持たせられるのは裁判所だけなので、裁判例、とくに最高裁の判例を参照しない法律解釈は現実から乖離した妄想になりがち…という現代社会のイロハからすると、やはり裁判例を調べることが先決だ。法律に関わらず善い悪い公正不正を議論するのであれば、必ずしも裁判例は参照しなくてもよいが、議論は憲法解釈になっている。

2. 裁判例で関係しそうな言及はある

日本国憲法第21条は、公費で創作活動を支援することを求めていると言う主張があったのだが、そのような解釈の判例は見当たらなかった。もちろん、公費で創作活動を支援してはいけないと言うことを意味しないので、補助金が出されていたりする。ただし、補助金の出し方について、憲法第21条に沿った制約があるべきと言う裁判例もある。

東京地裁2021年6月21日の助成金不交付決定処分取消請求事件の判決文に以下の段落がある。

憲法が保障する表現の自由及び文化芸術基本法の規定からすれば,公的な後援・助成について不当な差別的取扱いは許されず,また,芸術性に関しての判断は芸術関係の知見を身に着けた専門家に任せて行政や政治家は介入しないという原則が確立されている。

この段落、当該判決にはさほど関係しない気がするのだが、それはさておき憲法第21条が展示物の選択は専門家が芸術性で選ぶことを要請していると解釈している*5。この解釈を取れば、「表現の不自由展・その後」で物議を醸した展示物も、専門家が芸術性で選んだ以上は公費を使った展示に値すると言えるし、逆に公費を使う以上は除外してはいけないことになる。

「公的補助金を使用したいという申請を提出し、それで議会の承認を得た」から表現の自由で保護されると、表現の自由と民事契約の拘束力の話を混同した議論があったのだが、専門家が芸術性で選ぶことがポイントなので注意しておきたい。上記の地裁判決を参照する限りにおいては、専門家の判断で、展示が決まっていた作品が、他のより高い芸術性の作品に押し出されたりしても、違憲になる事は無い。

なお、この地裁判決は控訴審でひっくり返された*6。どうも画期的な判決だったので*7、他の判決文で同様の記述があるかは怪しい。2022年3月3日の高裁の判決文で上記の箇所は維持している可能性はあるが、残念ながらまだ確認できていない。出演者が麻薬をやっていたので補助金を取り消したことの是非を争っていて、補助金の対象の選び方を争っているわけではないから、逆転判決でも該当箇所は維持されていてもおかしくは無いのだが。信頼度はイマイチなので、そこは注意されたい。

3.「自費でやれ」自体は否定できない

上述の地裁判決でも、表現の自由は企画の方向性までは拘束していないので*8、「表現の不自由展・その後」と言う企画自体が公費で実施するのに不適切であったという主張は合憲になる。津田大介芸術監督にではなくて、「表現の不自由展・その後」と言う企画を許可したはずの運営会議・会長代理の河村たかし市長あたりに文句をつけろと言う話にはなるが。

*1関連記事:開催側の配慮の足りなさ、根性の無さが伝わる「表現の不自由展・その後」

*2憲法の条文が善いとか公正とか限らないので、もっと哲学的な議論をした方が良いかも知れない(関連記事:表現の自由を擁護するのに日本国憲法よりも有用な文献)。

*3関連した市民ミーティングにおいて、津田大介芸術監督が「アーティストには表現する権利もある」と言ったところ、参加者が「じゃあ自費でやれ」と返した話の是非を議論していた(Twitter)。

*4文化庁の補助金停止の是非に関する議論かと思いきや、もっと単純な話をしていた。なお、文化庁は「表現の不自由展・その後」を長期間中断していたことを理由に補助金の支給を停止していたのだが、最終的に減額して支給することにした(トリエンナーレの補助金、一部交付へ 文化庁が方針転換:朝日新聞デジタル)。

*5どういう理屈なのかははっきりしないのだが、人間が見聞きする表現物の数には限りがあることに注意すると、特定の思想を支持する芸術作品のみを支援すれば、その思想を支持しない人々の芸術活動への圧迫になり、表現の自由を保障できなくなると言う説明はつけられるかも知れない。

*6映画制作会社、逆転敗訴 「宮本から君へ」助成金不交付―東京高裁:時事ドットコム

*7第4回「公益と憲法~映画助成金裁判と表現の自由~」(2021年8月号) - 東京弁護士会

*8確立した原則を述べているので、多く観察される事例は問題にならない主張となる。

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