2021年2月25日木曜日

ジェンダー社会学者のダメなところが詰まっている『炎上CMでよみとくジェンダー論』

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ネット界隈で表現物に関する言い争いは多く、ジェンダー社会学者の議論の雑さにはあきれる事が多い*1のだが、出版物だともう少しマシかなと思ってジェンダー社会学者の瀬地山角氏の『炎上CMでよみとくジェンダー論』を手にとってみたのだが、同じように議論の進め方がダメだった。炎上とは何かを定義し、その定義でどの広告が炎上したと言えるのか説明し、なぜ個々のCMが炎上したのか批判者のSNSの投稿などから分析した上で、規範的な議論を展開すべきなのだが、まったく出来ていない。

1. 実証的に分析されない「炎上」

用語の理解と運用が雑。ネットスラングの意味の炎上を議論しているわけだが、炎上の意味を整理し定義していない。最近は国語辞書に「(比喩的に)インターネット上のブログなどでの失言に対し、非難や中傷の投稿が多数届くこと。また、非難が集中してそのサイトが閉鎖に追い込まれること。」のような説明もあるが、失言を広告に置き換えて流用するのは、著者は少数しか非難していない作品や、配信が中止されていない広告も議論しているのでおかしい事になる。非難が多いか配信中止(や撤回)でよいかと思うかも知れないが、非難は少数だが配信は止めるケースもある*2。賛否両論のケースも挙げられているが、是非が論争になった場合は炎上と言えるのであろうか。環境型セクハラも、業務の遂行が困難になるなど強く不快な事が要求されている事に言及しないなど、説明は十分では無い(pp.140–141)。

炎上の定義が曖昧なせいか、個々の広告が本当に炎上したのか検討がない。萌えキャラ碧志摩メグは志摩市公認を取り消されたが、2015年10月29日の中日新聞のアンケートでは賛成の方が多かった。碧志摩メグの公認撤回ネット署名が7000票を超えたことの指摘はあった(p.134)が、表現規制反対派として知られる山田太郎参院議員の2019年の選挙の個人得票数が54万票であることから考えると、決して多い数ではない。NTTドコモのドコモメールのキャンペーンCMも炎上とされている(p.162)が、当時の報道を見ると非難が多くあったとは書いていない*3。広告ではなくて、広告を非難している人に批判が集中、つまり、批判者の方が炎上していた可能性もある。バーチャルYouTuberキズナアイが炎上したことになっているが、社会学者の千田有紀氏らの批判への非難の方が数が多かったかも知れない*4。(本書では言及が無いが)転職支援会社のネット広告に使われている茜さやさんの写真素材への批判に関しては、批判者の方にスラットシェイミングと言いたそうな言及を多く観察できた。著者はどういう状態を炎上としているのか定義し、さらに議論する事例がどういう情報から炎上に該当すると言えるのか、一つ一つ明らかにすべきだった。

炎上をどのように定義するにしろ、複数の人が広告を非難/批判する現象と言う大枠は変わらない。社会現象である以上、人々がどのように考えた上で非難/批判を加えたのか調査(もしくは他の方法による論考)がいるのだが、著者は批判者の理屈を調べていない。本書は「取り上げていくCMに対して、異議申し立てをした人の憤りの理由は何なのか?」(p.34)と言う問いを立てているのだが、この問いにほとんど答えていない。著者の直観とジェンダー社会学での「常識」であれこれ論評するという作業はしているのだが、広告を非難した人々の理屈がそれに合致している保証はない。研究リソースの制約からフォーマルな社会調査は無理でも、SNSのポストを追いかけていく事などで、批判者が何をどう考えたのか議論する節は必要だった。少なくとも、表明された中で多数意見が何であったかは言及して欲しい。何が批判されているかは自明な性的とされた広告であっても、何がポイントになったかは著者の直観を超える説明が要るが、説明されていない*5。著者は碧志摩メグに関して「男性にのみ訴求するような表現方法やキャラクターを選んでしまった」(p.139)と主張しているが、萌え絵が好きな女性も多い事が見えていない。これも、世間の人々の声に注意関心が無いからだ。「女性の声や感覚を無視していたりするから」(p.238)炎上するとまとめているのだが、著者がそれらをどうやって知ったかは述べられていない。

2. 広告メッセージを理解できていない

著者の直観とジェンダー社会学での「常識」による広告論評も説得力に欠ける。取り上げた動画広告を細かく説明している割には、広告が出しているメッセージを誤解しているものが多々ある。著者はルミネの“女性応援CM”への批判の中で、「ルミネの動画の主人公の女性は…職場では単に一人の働き手として評価されたいと思っている」(p.108)と指摘しているが、「(あの娘のように見栄えがよくなくても)大丈夫だよ、ヨシノとは需要が違うんだから」と言う男性上司の主人公ヨシノへの台詞は、主人公は戦力として期待されているのであって、職場の華ではないから外見は重要ではない、ヨシノには見栄えを求めないと言う意味だ。主人公はその言葉に満足しないのだから、著者の解釈は誤っている。そして、著者は「がんばって外見を整えようと思うこと自体は、肯定されるべき」(p.110)とあるのだが、著者の規範においてルミネの“女性応援CM”に非難されるべき点は無い。資生堂INTEGRATEのunhappy birthdayに関しても、25歳や30歳が分岐点/賞味期限という考え方がおかしいと批判を展開している(pp.103–105)のだが、このCMは25歳を過ぎてもカワイイを追求できるよと言うメッセージのCMなので*6、25歳や30歳が分岐点/賞味期限という考え方を否定しており、藁人形論法である*7

3. 正当化されないジェンダー社会学での「常識」

ジェンダー社会学での「常識」については色々と述べられているのだが、「常識」は正当化されていない。

「「生物学的性差」と考えられているものが、実は社会的な産物というのも、ジェンダー論の中では常識」(p.46)と言って、「腕力は平均値と分布が違うだけ」(p.50)と言い出したりするのだが、男女の得意不得意は平均と分布が異なるだけと言う指摘は、むしろ性的役割分担が一定の傾向になる理由になるので、前提と結論が捩れている。なお、同年代の男女の筋力差を比較したらほとんど分布は重ならない。女性の世界的トップアスリートでも、男性の平均に届くかどうかなのだが、なぜこんな話を持ち出したのか。大前提「個人差は性差を必ず超える」」(p.52)と社会運動のキャッチコピーがあるが、大多数は腕力の性差を超えられない。肉体労働以外の業務遂行能力に関して男女の能力差は自明ではないと言う話ならば分かるのだが。また、選好に関する生物学的性差についての議論がない。近年、男女平等度が高まるほど男性と女性の人生における目標の差が広がるジェンダー平等パラドックスがよく指摘されている*8が、無視されている。男性でも優秀な人々と同様のキャリアを積んでいた女性が、ある時本当の選好に気づいてライフワーク・バランスを重視するように転向することや、女性が育児を他人任せにすることをよしとしていない話*9も無視されている。著者は図表1-8「結婚相手の条件として求めるもの」で、女性も配偶者に家事能力を求めているから同じとか思っているのかも知れないが、そこでも経済力と職業は女性の方が重視しているなど男女の差異はある。

著者は夫婦の比較優位に基づく分担は性役割を固定化するとしていると主張しており(pp.50–51)、そのため夫婦で外部労働も家事もそれぞれ半々づつ分担すべしと言う強い規範を持っており、現状の男女の役割分担を追認をするCMがいけないという話になっている(pp.82–83)のだが、比較優位に基づく分担や現状追認CMが性役割を固定化する理由は未提示だし、著者が重要性を強調していた「自由」を損なう。男女役割分担を無くすことを正当化するために、子持ち家庭の主婦がフルタイムで働ける社会でないとサスティナブルではないような話が書いてある(pp.79–82)のだが、妻がフルタイムの場合とパートタイマー/無職のときに養育可能な子供の数を比較しないと、人口の維持にどう寄与するか分からない。また、役割分担があるために、妻の「「家事も仕事も」という二重負担」が生じ、妻の家事時間が長くなるとしているが(p.47, p.68, p.72)が、家事と仕事の合計時間を比較すると夫婦でだいたい同じことが無視されている。そもそも家電が進歩し惣菜などが手軽に買えるようになって家事負担が減ったから、主婦がパートタイムに出るようになったのだから、共働きが増えたからといって夫婦の負担が一方的になるわけがない。なお、夫は残業を断って帰宅して家事をしろ(pp.73–74)、それで夫が家事を3時間手伝えば夫婦ともに正社員が可能になって家計収入も増えると主張しているが、夫婦供に職場での評価が悪くなり、夫婦供に非正規になって家計収入が悪化しそうである。

4. 思慮なく並べられていく思いつき

瑣末的なのだが、並べられていく無根拠な主張に、著者の乏しい想像力が感じられる。

  1. 「味の素のCM『日本のお母さん』はYouTubeで見つかりません(2020年4月現在、ニコニコ動画にはありました)・・・蒸し返されるのがいやなのでしょうね。」と言うの、ニコニコ動画が残っていることから味の素が蒸し返されることの防止に努力していないことが示唆される。
  2. 一汁三菜を批判しているのだが、一汁一菜にサラダ(e.g. レタス,マリネ)と造りおき惣菜(e.g. だいこんの煮物)を足すと実現できるので、著者が言うほど言うほどハードルは高くない。一汁三菜を目の敵にしている人を見ると炊事してんのか疑問に思う。
  3. 「先端的な医療技術を利用すれば、男性が生むことも不可能ではない」(p.46)とあるが、そんな技術は確立していない。人工子宮であれば羊で成功しているので、倫理的問題を無視すれば、人間への応用は近いであろうが。
  4. 学生さんのコメントらしいがCM論評で「この時代の石器で、肉があんなにすぱっと切れるわけがない」(p.15)と言うのがあるのだが、黒曜石のナイフは鋼のナイフよりも肉がよく切れる。
  5. アメリカはポルノのゾーニング規制が厳しく、そうしないから反発が膨らんだという話がある(p.142)のだが、アメリカが正しいとは限らない。欧州は緩い。児童ポルノにうるさいイギリスも、ケリー・ブルックの看板が交差点や交通量の多い場所に設置され、交通事故につながると心配されたことがある*10
  6. 「宇崎ちゃんは遊びたい」×献血コラボキャンペーンの絵が胸を強調していると問題視しているが、現在の服飾文化では異常とは言いがたい*11。著者の議論は乳房の大きい女性アナウンサーにはしたないと苦情を述べる視聴者のスラットシェイミング*12と大差ない。
  7. 「男性の自虐ネタと上司をからかうものは定番…権力を持つ側をからかうので人を傷つけずに笑いがとれる」(p.161)とあるのだが、男女の感性の違いの可能性は無いであろうか。
  8. 「黒人もいまはblack peopleよりもAfrican Americanを多用します」(p.197)とあるが、Black Lives Matterから考えても信じがたいと言うか、両者は一致した概念ではないようだ*13

正直、途中で考えるのが面倒になった。もっと色々あるかも知れない。

5. まとめ

ジェンダー社会学方面の問題と言ってよいと思うのだが、とにかく実証的にも規範的にも主張に根拠をつけることができていない。

さて、最後に、本書では広告主が「炎上」に対応しなかった件も幾つか取り上げられているが、それが広告主にどのような影響を及ぼしたかについては触れられていないことを指摘したい。実際問題、著者の規範に反する広告を「炎上」とカテゴライズしているのだが、「炎上」によって広告主が不利益を蒙らないことが分かると、著者の規範に反する広告が増えてしまうと言うような算段が働いたのではないかと、下衆の勘繰りをしてしまう。

*1関連記事:ジェンダー論をやっている社会学者は“被害者”

*21975年に放送されたハウス食品工業のインスタントラーメンのCM「私作る人、ボク食べる人」のときは「消費者などからの反応は、あのままでいい、という声が圧倒的に多かった」そうだ。

*3自虐的すぎ? 重い? 物議をかもしたドコモメールのキャンペーン動画が非公開に NTTドコモ「さまざまな反響を踏まえて」 - ねとらぼドコモCM動画がたった1日で消えた! 「あのアプリ」連想させる内容との関係: J-CAST ニュースLINEの次でかまわない、ドコモが動画「あの子と別れてなんて言ってないじゃん。」を公開 | アプリオ

*4追記(2021/02/25 17:48):あるキズナアイ騒動のときにキズナアイに言及したTwitterのツイートの傾向の分析によると、キズナアイを批判するツイートよりも、擁護するツイートの方が多かった。

*5実際のところ、批判者は性的か否かを問題にしていない蓋然性が高い。公共の場とされる駅構内の女性の水着ポスターや、an・anのSEX特集の広告は問題ではないと言及されているからだ(関連記事:ツイフェミにとってan・anのSEX特集は健全で、宇崎ちゃん献血ポスターは女性差別である理由)。an・anのSEX特集は、著者が言及している著名女性弁護士のツイートの件である。著者は「さまざまな人の目にとまる電車の中で、雑誌広告に水着の写真を使うのはやめるべき」(p.130)と主張するが、非難していた人々は必ずしも著者と同じ立場ではない。

*6巻末付録「広告の炎上史」のp.253の説明では、概ね適切に広告意図を説明している。

*7むしろ、女性はいつまでもカワイイ存在であるべきというジェンダーロールを強く打ち出しているわけで、著者がここを非難しないのが謎である。

*8flip out circuits: 経済発展と男女格差の縮小とともに男女の追求する優先事項のちがいは大きくなる:Falk & Johannes (2018)

*9Kuziemko, Pan, Shen and Washington (2018)

*10Naked Kelly Brook posters blasted as 'deadly distraction for drivers' | Daily Mail Online

*11関連記事:「宇崎ちゃんは遊びたい」×献血コラボキャンペーンの絵は過度に性的なのか?

*12元NHK“不謹慎な巨乳”アナ、竹中知華が苦悩の日々を告白――「胸に目がいってニュースが頭に入らない」と毎週届くクレームの数々 | 日刊SPA!

関連記事:女性の乳房が大きいことやそれが目立つことを非難するのは、スラット・シェイミングと呼ばれるフェミニストが非難する行為

*13Not all black people are African American. Here's the difference. - CBS News

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