2019年7月10日水曜日

稲葉振一郎『社会学入門・中級編』の期待効用理論の説明について

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社会学者の稲葉振一郎氏の『社会学入門・中級編』を読みかけてしまって気づいたので、経済学に関する説明について問題点をひとつ指摘しておきたい。全体の議論には大した影響は無いと思うが、気づいてしまったので。ドナルド・デイヴィッドソンの著作の影響で意志決定理論に踏み込みかけたものの、うまく消化できないまま説明を試みたような雰囲気が漂っている。

経済学では基本的に合理的経済人が効用最大化原理に従って意志決定することを前提にしたモデルが組まれていますよ…と言う話はよい。理論経済学者には効用ではなく選好あるのみと怒られるかも知れないが…効用関数があるモデルだらけであるし、意志決定理論の教科書でも選好は効用関数で表現されると書いてある。しかし、「ベイズ的意思決定論」の節(p.120—121)の以下の段落、何を言いたいのかがよく分からない。

いわゆる期待効用理論によれば、不確実な世界に直面する主体は、もしも合理的であるならば、起こりうる将来の可能性に対して、整合的な予想を形成することができます。ここで「合理的」というのは、たとえばただたんに「論理的に一貫した思考を行うことができる」という謂いではありません。「論理的に思考したうえで、それをもとに自分の効用を最大化しようとする」という、経済学的な合理性がここでは問題になっています。期待効用理論の説くところでは、このような意味での合理性を備えた主体だけが、不確実な世界において、その世界の中で起こりうる将来の可能性に対して、整合的な予想を組み立てる(数学的に言えば、起こりうる事象に対して、一貫した確率分布を割り当てられる)ことができるのです(テクニカルな細部については、ミクロ経済学や意思決定論の教科書を見てください)。

2つの話をよく理解しないで、混ぜこぜにして書いてしまっているようだ。教科書的な期待効用理論では、事象が生じる確率(だと人々が信じる主観確率)に応じて、期待効用を最大化するように選択肢(alternative)を選ぶ。これに沿えば、「予想を形成」は「意思決定」、「予想を組み立てる」は「意思決定をする」、「確率分布を」は「選好順序を選択肢に」、「不確実な世界」も「リスクのある世界」とするべきであろう。なお、「整合的な」も何に対しての話か曖昧なので、「その公理で定義される合理性に整合的な」などとした方がよい。しかし、これだけではドナルド・デイヴィッドソンがインスピレーションの源泉としたと言うベイジアン意思決定理論にならない。ベイジアンは、主観確率は計算されるものとする。逐次ベイズ推定で主観確率をベイズ更新するかも知れないし、ゲーム理論の完全ベイズ均衡のように、自然が定める他のプレイヤーのタイプの事前確率をもとに、他のプレイヤーのタイプに対する事後確率(信念,主観確率)を定めるかも知れないが、何らかの方法で主観確率を計算してくる。ベイジアンの意味での信念を持つ人々の期待効用理論に沿った振る舞いを説明する必要があった。

2つの話をそれぞれ説明すると長くなりそうだが、期待効用理論に基づいた逐次ベイズ推定による意思決定の説明に限れば、そうでも無いであろう。本書の後の部分では、人々は逐次ベイズ推定で主観的確率をベイズ更新しているような議論になっている。「最適化としての学習」の節(pp.197—198)では、「統計的推論は目標関数を最適化しようという主体にしかできません…ベイズ主義の場合には、この最適化が明示的に、推論主体による学習過程として定式化されるわけです」(p.198)とあり、「社会科学の本質」の節(pp.201—202)の最初の段落では、合理的主体の最適化が、機械学習が分類器を作成する過程に似た「最適化」を人々が行っていることになっている。ここも文意が取りづらいのだが、客観確率から最適反応と均衡が出てくるようなモデルは、現実の合理的主体の最適化と異なると主張されていると解釈できる。つまり、合理的主体は逐次ベイズ推定していることになっている。主観的確率 → 期待効用理論で選好関係と行動を定める → 実現された事象から逐次ベイズ推定で主観的確率を更新 → 期待効用理論で選好関係と行動を定める → … (以後、繰り返し)と言うような話が入るべきだったのでは無いであろうか。

次の段落の「期待効用理論の説くところでは、信念と欲求とは相互依存的であり同時決定されます」(p.121)は、不正確な説明になると思う。ベイジアンの期待効用理論を考えた場合、信念(主観的確率)と選択肢の選好順序(つまり選択)は同時決定されるが、選択肢の選好順序を欲求と言ってしまうと語弊がある。ギャンブラーは手札は捨て札を見て主観確率が更新されれば手を変えるであろうが、勝負に勝ってお金をなるべく得たいという欲求は変わらないであろう。もちろん、選択を行った瞬間に最大の利得をもたらす事象は変化するか確定するので、「こうなってほしい、こうであってほしくはない、という希望、願望」もまた同時決定されるから、願望と欲求を同義語としていいのかを考えなければ、明確に誤りとは言えないのだが。続く「世界の中の可能性に対してシステマティックな欲求を持っている者でなければ、その可能性についての予想を立てることはそもそもできない」(p.121)も、主観確率の計算自体は期待効用理論の公理に従わない人々でもできるので話がちょっとおかしい。

主な話は以上なのだが、本書はいたるところが雑である。第1章の計量経済学に関する説明の問題点は指摘済みだが、他にも色々とあった。

「「フェルマーの原理」、光は必ず最短経路を通る、という事実はよく知られています」(p.106)とあるのだが、最短経路を光学的距離が最短になる経路もしくは最短時間にしないと誤りになるであろう。「「自然選択」、適応度—個体が残せる子孫の数、あるいは遺伝子が残せる複製の総量—が高い生き物が環境に適応し、繁栄していくロジック」(p.106)は、話が逆になっている。環境に適応した生き物が、より多くの子孫が残せる。「深層学習…は、その基礎理論自体はずいぶん前、二〇世紀中におおむねできあがっていたものの、マシンパワーが追いつかず、実用化されたのはつい最近」(p.180)とあるのだが、2006年あたりに活性化関数の改良や、オートエンコーダやドロップアウトと呼ばれる工夫が出てきたことが忘れ去られている。革新があったのはマシンパワーと言うよりはアルゴリズムの方だ。文献で事実確認しながら書いているのか疑ってしまう。期待効用理論のところで「テクニカルな細部については、ミクロ経済学や意思決定論の教科書を見てください」とあったが、参照文献にも読書案内にもミクロ経済学や意思決定理論の教科書は挙げられていない。地動説と天動説の話は出典が明記されていた(p.186)のだが、他も同じように出典を明記して欲しい。練られていないと思うところは、上述の期待効用理論の説明以外にも多い。pp.96—97で、合理的経済人は(従うしかないと言う意味での)規範的に効用最大化行動をとるという話と、経済学者は(研究カテゴリーの意味での)規範的な分析も行うという話と、研究者は「理屈が通る説明ができるはずだ」という(研究者はこうあるべきと言う意味での)規範的判断を下すという話が立て続けてされているのだが、「規範的」が多義になっていることに気づいているであろうか。pp.101—pp.105で科学と工学での微分方程式モデルへの向かい方の違いが書いてあって、科学ではモデルを構築し、工学ではそのモデルを使うような説明がされているのだが、既知のモデルで現象説明をする科学もあるし、既知のモデルの積分がしたい科学者や、既知のモデルとモデルを繋ぎたい科学者もいる。

細部で本題に関係ないとは言え、ネット界隈で広まる妙な風説の原因になりそうなので、なるべく注意深く書いて欲しい。

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