2019年5月2日木曜日

計量分析における構造形と誘導形の違い

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社会学者の稲葉振一郎氏の新著「社会学入門・中級編」の構造推定の説明がちょっとおかしいと言う話が流れていたのだが、他の人々も誤解をしていたりするのかなとtwitter検索をしてみたところ、複数の社会学Ph.Dの人が両者の違いについて疑問を呈しているのが観測された。どうも社会学者の間では、よく考えれば当たり前なのだが、構造形と誘導形という単語に馴染みが無いらしい。

1. 構造形

経済学は数理モデルによる学問体系を持っており、モデルの中でははっきり示されるが、現実には直接観察できない概念(パラメーター)がある。資本と労働が投入要素の生産関数を考えてみよう。もっとも素朴に考えると、以下のような推定モデルが思いつく。

βは推定する係数で、εは誤差項。これでも生産関数のある程度の特徴はつかめるのだが、限界代替率の逓減が無いので経済学の教科書にあるような構造を持たない推定結果になってしまうし、必ず規模に関して収穫一定になってしまう。そこで、たとえばコブ・ダグラス型の生産関数の対数をとって、

を推定すれば、β1<1とβ2<1が満たされることで限界代替率逓減法則が成立するし、β12を計算することで規模生産性を評価することができる。こういう風に経済モデルと対応関係のある推定を構造形、構造推定と呼ぶ。創意工夫が色々とされる手法で、例えばここではεは単に誤差項としたが、ここの構造も考えて個別生産者の非効率性の計測が行われたりする。より一般的な関数形で推定を行ったり、量のデータが無いときは双対性から価格で代用をしたり…のようなことは、ミクロ経済学の教科書を読んだことのある人であれば、すぐに思いつくであろう。

2. 誘導形

構造形については以上で大雑把なイメージがつかめたと思うが、意外に誘導形の方が概念として難しい。構造形でなければ誘導形…のような雰囲気があるのだが、構造方程式を内生変数について説明するように変形したものが誘導形になる。

計量経済学のテキストには必ず載っている以下のような需要曲線と供給曲線の構造方程式を考えよう。供給に天気が影響するとしたので、農作物の生産と消費をイメージされたい。

(1)

需要と価格について上の(1)式を整理すると下の(2)式が得られる。

(2)

誤差項εsとεdが含まれている。Cov(価格, εs)≠0,Cov(価格, εd)≠0, Cov(需要=供給, εs)≠0,Cov(需要=供給, εd)≠0であり、上の構造方程式のままでは需要曲線と供給曲線はOLSで正しく推定できない*1。さて、どうするか? — 説明変数に価格と需要=供給が含まれない(2)式を推定するのがひとつの手で、誘導形と呼ばれる。もう一つの手は操作変数法(IV)や二段階最小二乗法(2SLS)で構造方程式の式を推定することで、このケースでは構造形になる。なお、説明変数に価格が入る代わりに、天気が操作変数として使われるので推定結果から消える。

3. まとめ

勘のよい人は気づいていると思うのだが、構造形と誘導形はあくまで経済モデルを前提にした推定式の分類であって、特に経済モデルが無い場合は構造形ではないし厳密には誘導形でもない*2。どういう経緯で言及されたのかは謎なのだが、どちらも数理モデルが一般化しているわけではない社会学にはそんなに関係は無いと思われる。統計的因果推論と対比したのであろうか*3

*1計量のテキストに、Xを説明変数としてその係数の推定量にCov(X, u)/Var(X)の項が入るので、E[Cov(X, u)]≠0だとバイアスが入ると言うような説明がある。

*2ちょっと自信が無いのだが、Handbook of Econometricsの記述を読む限りはそういうことになっていた。ただし、非構造形を総称して誘導形と呼ぶ人々も多く、そのように理解していた方がだいたい話は合う。

*3どちらかと言うと統計的因果推論の問題点に関する議論だが、偉い人がディスカッションを行っている(Deaton v Banerjee – Development Research Institute)。

1 コメント:

Yuta さんのコメント...

生産関数でも例えば国レベルのTFP(全要素生産性)を求めるようなものを構造推定と呼ぶかというと微妙ですよね。あくまで主体の最適化行動から含意される構造を推定する、というのが(なんとなくの)合意のように思います。

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