2019年5月10日金曜日

「男女間における暴力における調査報告書」の「異性から無理やりに性交された経験」の被害率を補正してみた

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江口某氏がジェンダー法学者の谷田川知恵氏『暴力からの解放』にある数字について、計算がおかしいのではないかと言う議論をしている*1。谷田川氏は「男女間における暴力における調査報告書(平成23年度調査)」の直近5年間の被害率を5で割って、女児から後期高齢者まで日本の女性全体の人口にかけて毎年の被害者数を出しているようなのだが、この方法は精度を欠く。回答者の年齢分布と母集団の年齢分布が違うので、被害率は補正しないといけない*2。これが江口某氏の指摘なのだが、実際に被害率を修正したらどうなるか…と言うのをやってみよう。四則演算で頑張れる。

1. 年齢階層ごとの年間被害率

まず、年齢階層ごとの不本意性交率を求めよう*3。「異性から無理やりに性交された経験(女性のみ)」にある「図5-4-1異性から無理やりに性交された被害にあった時期-時系列比較」の今回調査から、年齢階層(10代、20代、30代、40代以上)ごとの被害にあった時期が分かる。これから毎年の被害率を計算したい。

被害にあった時期の比率がそのまま使えない理由を説明しておこう。40代以上の階層であればすべての時期に被害にあった人々を含むが、40代になる前は40代以上に被害にあうことはない。10代では10代の時期の被害しか、20代では10代と20代の時期の被害しか受け得ない。この影響を補正しないと被害率を過少推計することになるので、この補正をかけた比率(補正分布)を満たし、回答者の被害率の平均が0.77%となるような年齢階層ごとの年間被害率を求める。

なお、治安状況の変化などはなく、ずっと同じ犯罪発生率であることを前提にしており、被害にあった時期の比率は(1-無回答率)を割って合計が1になるようにし、10代の件数には小学生の数字を含めており、40代以上の年間被害率は40歳から59歳までしか被害にあわないという仮定を置いて計算している。こうしてできた計算結果は以下だ。

年齢階層ごとの年間被害率
年齢
階層
回答者数 被害に
あった
時期
無回答
補正
補正
分布
年代別
被害率
年間
被害率
10代 0 38.7% 40.5% 38.6% 3.21% 0.33%
20代 210 35.1% 36.8% 35.0% 2.91% 0.29%
30代 261 14.2% 14.9% 16.1% 1.34% 0.13%
40代以上 1280 7.5% 7.9% 10.2% 0.85% 0.04%

犯罪白書の強姦事件の被害者の年齢層と比較すると、30代の被害率が大きくなっている。10代も大きくなっているが、犯罪白書の数字は10代とそれ以外の世代の人口比を修正していないため、そう大きな差ではない。

2. 期間を絞らない被害経験の有無からの推計

谷田川氏が強姦被害者数としている毎年の不本意性交数の推計だが、調査報告書では(期間を絞らない)被害経験の有無からと、過去5年以内の被害経験の有無からの2つの数字で計算することができる。まずは、期間を絞らない被害経験の有無と平成23年10月の人口推計から推計してみた。5.757万人(配偶者を除外すると4.124万人)。

期間を絞らない被害経験の有無からの推計
年齢階層 年間被害率 女性人口(万人) 被害人数(万人)
10代 0.33% 584 1.899
20代 0.29% 676 1.991
30代 0.13% 865 1.163
40代と50代 0.04% 1650 0.704

計算の元となっている「異性から無理やりに性交された被害にあった時期」は期間を絞らない統計なので、こちらの方がデータセット的には辻褄があっている。

3. 過去5年間の被害経験の有無からの推計

適切ではない方の分析もしておこう。60歳以上の被害件数は統計的に無視しうると仮定しているので、5年間の発生件数22件を20代から50代の1539名で割った値を5年間の発生率とし、それの幾何平均0.42%を毎年の不本意性交発生率とした上で、補正分布を乗じて年齢階層ごとの年間被害率を計算した。5年間で世代が移動する影響の調整を行っていないことには注意されたい。5年間が8歳~13歳の人は計算に入っている一方、57歳~62歳の人は漏れていたりする雑さがあるのには注意して欲しい。15.160万人(配偶者を除外すると10.860万人)。

過去5年間の被害経験の有無からの推計
年齢階層 補正
分布
回答者数 年間
被害率
女性人口
(万人)
被害人数
(万人)
10代 38.6% 0 0.760% 584 4.437
20代 35.0% 210 0.689% 676 4.659
30代 16.1% 261 0.317% 865 2.740
40代と50代 10.2% 1068 0.201% 1650 3.324

計算の元となっている「異性から無理やりに性交された被害にあった時期」は期間を絞らない統計なので、こちらは辻褄があっていないことにも注意されたい。

4. まとめと注意点

一応、2種類の数字を出してみたが、やはり期間を絞らないでつくった5.8万人(配偶者を除外すると4.1万人)とするのが適切であろう。15万人(〃11万人)は、近年、性的暴行事件は減っていることと整合的ではないし、過去5年間の方の推計は分散も大きくなる。警察に連絡・相談した被害者3.7%から過去5年間の方で通報数を出すと、警察認知件数1193件を大きく上回ることになり辻褄があわない*4

これでもかなり大きな数字で、性犯罪の対策強化を訴えるのには十分なはずだ。質問文の作り方からこの調査をどう解釈していいかは迷うところだが、合意の有無に関わらず強制性交等罪になる小学生以下の被害者が相当数いることが示されている。他に10代の女子がデートレイプ的な事件にあうことが多そうであり、こちらも由々しき問題であろう。

雑な数字で威圧するよりは、積極的同意なり具体的な対策を噛み砕いて提案していく方がよいと思う。そう言えば引用されている部分で気になったことを記しておきたい。積極的同意を義務付ければ男女の振る舞いは変化することが予想され、(仮に年間16万件の強姦発生があったとしても)「年間500件の強姦有罪件数を16万件に引き上げる」ことは無理である。

*1最近活躍している谷田川知恵先生の強姦被害者16万という数字は雑すぎる ? 江口某の不如意研究室

*2世論調査などでは調整済みの数字が公表されるのだが、この調査では回答数に比率をかけると件数になるので調整していないことが分かる。

*3調査報告書で分析されている「無理やりに性交された経験」は、刑法上の強姦とは異なる概念の可能性があり、強姦被害率としてよいのか注意がいる。ほとんどの事例で強姦とは見なされない夫婦や性的パートナー間の問題も含まれる上に、表現が曖昧で回答者がより広い意味で解釈した可能性があるからだ。

「無理やり」には「腕力で」と言う意味もあるが、「強引に」「なりふり構わず」と言う意味もあり、文学作品の用例の多くは「何とか」に置き換えても意味は変わらない。知人に土下座されて懇願されたので、もしくは現金につられて気乗りはしなかったが応じたようなケースも含まれるかも知れない。配偶者や交際相手に関する質問では「いやがっているのに性的な行為を強要された」とあるのに、なぜ「無理やりに性交された」と表現したのかが謎。

なお、「性交」と「性的な行為」の範囲の違いなのか、それとも「無理やり」の方が「強要」よりも意図に反する意味が強くなるのか、配偶者と交際相手から「いやがっているのに性的な行為を強要された」経験率は、「無理やりに性交された」経験率よりもかなり高い。

*4谷田川氏が主張する年間16万件だとすると、年間5,920件の相談が警察に寄せられる一方、警察が認知件数としてまったくカウントしていないものが4500件ぐらいあることになる。より凶悪だと考えられる面識の無い人物の犯行に限っても、「図5-3-1加害者との面識の有無」から27,520人の被害者がいることになり1,018件が警察に通報されているはずだが、強姦の検挙件数は993件であり、その半数以上が顔見知りの犯行となっており、半分以上の事件が認知もせずに握りつぶされていることになる。16万件を信じる場合は、相談されるものの事件として扱わない事例がどういうものか、法務省に聞き取り調査に行った方がよいであろう。

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