2019年3月15日金曜日

MMTの雇用保証プログラム(JGP)が目指すものとその限界

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ネット界隈では非主流派経済学の一つMMTはしばらく話題になりそうだ。毎日新聞のコラムで取り上げられ*1し、日経新聞でも紹介された*2。しかし、メディアではまだMMTの柱の一つ、雇用保証プログラム(JGP)について注目されていない。MMT教祖たちの長い議論でもはっきり言及されているので、これを無視してMMT理解はできない。

このように書くと、なにやら壮大な仕掛けな気がするが、JGPの概要の説明は難しくない。政府や地方自治体が最低賃金で雇用を用意し、望む全員に提供するというものだ。MMT教祖は総需要管理政策で雇用を増やすのではなく、JGPによってルーズな完全雇用をインフレなしで実現するとしている。公共投資の一種に過ぎないように思えるが、インフラ整備、土建業への発注を中心にした公共事業とは、物価の安定と言う面で違いがあるとされている。

1. JGPはインフレ無き“ルーズな完全雇用”を目指す道具

JGPの狙いは、MMTのインフレ理解*3に基づいて、インフレ無きルーズな完全雇用を目指すことだ。

Mitchell (1997)によると、特定産業への歳出拡大で雇用拡大を行うとすると、失業者がいる部門と同時に、失業者がいない部門の需要を高めてしまう。失業者がいる部門は、需要に応えるため雇用を増やしても賃金と生産物価格は一定のままだが、失業者がいない部門は、雇用を増やすと賃金と生産物価格が上昇してしまうので、インフレーションが生じる。未熟練工が余っている一方で、熟練工が足りていない状況を想像すればよいであろう。

JGPであれば、最低賃金でもやってくる失業者は雇用するが、既にそれなりの賃金で働いている人の仕事を増やすことは無い。失業者がいない部門の需要を高める事はないので、上述の原理でインフレは生じない。最低賃金で雇うので労働者にはJGPに留まる意欲は生じず、景気が回復してきても民間の労働力確保の阻害にならない。職歴や労働意欲も維持され、企業が雇用するときの募集や採用コストも下げることができる。遊んでいるわけではないから、総生産にも寄与する。

2. JGPは決して薔薇色の結果を約束していない

ここまで読んで素晴らしい制度だと思った人は、もう少し疑り深くなった方がよい。費用なく実施できる政策ではないし、多くの失業者が満足するようなジョブは提供されず、ニーズが高い公共サービスが提供されるわけではないからだ。

雇って賃金を払うわけだから、財政赤字の拡大からインフレを招く可能性がある。Tymoigne and Wray (2013)によると、不況の間は財政赤字の拡大でインフレにはならず、好況に転じるときまでインフレ圧力が増すことはなく、そのインフレ圧も非裁量的な自動安定化装置で増税(か税収増)で解消されるような主張をしているが、MMT信者は認めたくないようだが、実際にインフレになったら増税やJGP以外の歳出を削減しろとも言っている。

提供されるジョブは、非専門的で難易度の低いものに限られる。また、他の産業セクターに影響を与えないように、労働依存率が高くないといけない。教祖Wrayは介護サービスか何か(public services to the aged)と言っていたが、好況時にはJGPの労働者は減少するので、政府や地方自治体が一方的に供給を減らしても誰も困らない公共サービスでないといけない。非正規の仕事の劣化版のような感じになるので、「こんなにお金にならない仕事、早く辞めたい。元の仕事に戻りたい。」と思いながら働くことになる。フランスで長期失業者に最低賃金で草刈りや通学バスでの児童の面倒などの役場がする雑用を割り当てる取り組みがある*4のだが、そういうものになるはずだ。特定外来生物ハンターとしてヒアリやアフリカマイマイの駆除に専念してもらうのは良いかも知れないが。

完全雇用ではなく、JGPを利用しない失業者は切り捨てたルーズな完全雇用であることにも注意がいる。JGPは、直接、専門技能や職歴に見合ったジョブを提供するものではない。最低賃金になるJGPを利用しない失業者は自発的失業者となるわけで、職種を選ばず賃金を下げれば失業者は職を見つけられるとする議論と大差ない厳しさがある。

3. まとめ

社会主義的な感じがするものの、負の所得税やベーシックインカムなども構想されており、現状でも生活保護制度などがあることを考えると、そう極端な施策とは言えない。むしろ比較的穏当な施策とすら言えるかも知れない。だが、MMT信奉者の弁は誇大広告な面もある*5ので、割り引いて評価する必要がある。

MMTのインフレ理解に依拠しているので、MMTが想定していないメカニズム、例えば通貨の信用不安で財政赤字一定でも貨幣乗数が伸びていきインフレ昂進が進むような世界のインフレは防止できない。教祖Mitchellはインフレ防止策の切り札のように喧伝しているのだが、あくまで従来型の土木建設に偏った公共投資や、かつての英国の炭鉱産業保護のような補助金政策よりもマシと言うだけで、教祖Wrayは抑制的に表現している。

JGPに応じない無職は自発的失業者と定義されるので、ルーズな完全雇用の実現はできる。最低賃金で働かない人は、全員、自発的失業者だ。インフレになったら増税すると言っているし、インフレにもならないであろう*6。しかし、生産する公共サービスの質は良いものにならない可能性がある。

*1水説:その名はMMT=福本容子 - 毎日新聞

*2財政赤字容認論、米で浮上 大統領選控え緩む規律 (写真=ロイター) :日本経済新聞

*3MMTの議論におけるインフレ生成メカニズムは、AD-ASモデルのAS曲線が水平もしくはL字型の世界における拡張的財政支出の特殊な作用と理解できる。

しかし、貨幣流通速度が急激に上昇していくような議論も、物価水準が横断性条件を満たすように調整される議論(FTPL)もあるわけで、MMTの議論だけが正当化されるためには特殊な仮定がいくつも必要になる。

*4長期失業をしているよりは収入も社会的地位も改善するので、インタビューされた利用者の満足度は高いようであった。

*5経済学徒が読んだら意味不明と言う感想しかもてない教祖Mitchellのエントリーの中の「対決!主流とMMT」では、「インフレ率のコントロールのために雇用を用いる」と宣言されている。

*6財政破綻や将来の高インフレが予想されてインフレ率が上昇すると、税率をあげてそれらの予想が広がるのを防ぐことになる。ゼロ金利政策は維持されることになり過少投資を招く可能性があるが、先進国の技術進歩や労働力の増加ペースはそう高くはないのでギャップは大きくはならない。ただし、経済厚生を最大化する最適な政策であることは保証されない。ちょっと金利を上げればインフレ抑制できるところが大増税になったりする可能性もある。

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