2019年1月15日火曜日

この三人はこんな事を考えているのだなと分かる「そろそろ左派は〈経済〉を語ろう――レフト3.0の政治経済学」

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ネット界隈で参照している人が多い対談本「そろそろ左派は〈経済〉を語ろう――レフト3.0の政治経済学」をざっと拝読したので感想を記したい。

マルクス経済学者からマルクスの影響を受けたケインジアンぐらいになりつつある松尾匡氏をガイド役に、英国在住のコラムニストのブレイディみかこ氏と社会学者の北田暁大氏が、マイノリティ擁護的な社会運動に傾斜した左派やリベラルの問題点を愚痴りつつ、もっと経済政策に関心を持つべきだと議論している三人の考え方や興味関心が分かる対談本。意外に三者三様だった。

1. 目立つ北田暁大氏のゆるふわ感

松尾匡氏は何年も年がら年中やっている話なのである程度は洗練されていて、ブレイディみかこ氏は英国在住のためか階級社会の所属階級から物事を見ると言う議論の土台がしっかりついている一方、北田暁大氏のゆるふわ感が目立つ感じになっている。財政や福祉を思想から考えるのであれば、そういう本を読んで研鑽して欲しい。「幸せのための経済学」「税と正義」の二冊で随分とマシになるし、社会学で「その制度は不公正ですよ」と言える(p.71)なんて事は言えなくなる。社会学にフォーマルな規範的な議論があるとは聞かない。「需要・消費そのものを邪悪化したら、それこそ、市場経済の神の思うつぼです」(p.53)は文意がまったく取れなかった。

2. マル経松尾氏が推すケインズ政策

松尾匡氏が重視する経済成長は、失業者を就業させ、需給ギャップを解消した結果の経済成長/景気拡大であり、その景気対策で拡大した社会福祉の削減は景気過熱しても削減はできないから、インフレになったら増税しろと言っている(p.180)。景気の天井は近いことも言及しており、近代経済学のマクロ経済学者ともまったく議論が噛み合わないと言うことは無さそうだ。高齢者も払う消費税を避けたいようだし、ボリュームゾーンになる中間層への増税もそんなに考えていない気がするので財政学者は眉をひそめるかも知れないが、そう夢見がちとも言えない。最後の方に解説があるが、世の中の構造で何でも説明するマル経と言うよりは、もはや思想的にはケインジアンに近い。

他の二人が松尾氏の考えに納得したかはよくわからない。北田暁大氏は長短の経済政策に明確な区別をつけておらず、「社会が全体的に豊かになる」方法に関心があるようなので、前々から思っていたのだが*1、分配よりは長期的な成長を重視する新自由主義者と方向が近い。増税してでも社会保障制度を拡充する気は無く、減税なり景気対策をして経済成長すれば後はすべて何とかなると言う素朴な信念がありそうだ。減税をして経済成長を促すことにより、社会が全体的に豊かになることを志したのがサッチャリズムなどの新自由主義であり、他者を新自由主義者だと非難する北田氏こそが新自由主義的な考え方を持っている気がしてならない。ブレイディみかこ氏はワーキングクラスへの所属意識が強いので、景気過熱したら金持ちに増税と言う案は賛成するであろうが、中間層の負担も大きく増すと言われたら賛否をどうするかは定かではない。

3. 詰めないといけない概念、前提が残されている

詰めないといけない概念、前提が残されていて、ふわっとした議論で終わっている。脱成長論、均衡財政主義、緊縮財政と言ったキーワードについてしっかり議論して欲しかった。北田氏は脱成長論を今後の成長は見込めない論(pp.15—16)としているのだが、ブレイディ氏が「経済成長はもういらない」(pp.16—17)と表現して今後は成長は要らない論に読めるのだが、この二つの意味は随分と違う。宝くじが当たることを見込んで人生設計しないからと言って、宝くじの当選が要らない人とは言えない。均衡財政主義も小さな政府とセットにされている気がするが、大きい政府の高税率な均衡財政主義もありえる。緊縮財政も歳出削減と増税では結果は異なる可能性が高いが、一緒にされている。

4. 事実誤認を土台に進んでいるかも知れない議論

事実関係も、鵜呑みにするのは危ない。松尾氏の『日本でも財政赤字がここまで膨らんでしまった原因は、「失われた二〇年」の低迷によってずっと景気が悪かったから』(p.92)は、社会保障関連費の増大を完全に無視している気がする。北田暁大氏が消費税ではなくて団塊世代からロスジェネへの世代間再分配が要ると力説しているのだが、消費税率引き上げでロスジェネの実質負担は減るから世代間再分配にもなる*2のは、消費増税反対のようなので気付いていないようだ。ブレイディみかこ氏のポルトガルは「大胆な反緊縮政策に切り替えてから劇的な経済回復を果たし」た論(p.90)は、よくある勘違いだ*3。北田暁大氏の「戦前のドイツでファシズムがやってきたかというと、やっぱりナチスが経済的な支持を左派よりも集めてしまったから」(p.115)と言うのは、関連した書籍を読み込みなおして、事実関係を整理すべき。政権党のドイツ社会民主党(SPD)がまとめた実質的な第一次世界大戦の賠償金削減になるヤング案への不満を煽ったことの方が効果大では無いであろうか*4。なおナチスは経済政策で結果を出す前に、超法規的な方法で独裁体制を確立している*5。SPDが支持を失ったのは有効な景気対策が打ち出せなかった*6と言うのはあるだろうが、それは野党のナチスの経済政策が支持された事は意味しない。そもそも大恐慌の頃の話、現代的な意味があるのであろうか。不景気の最中、1994年に財政再建を掲げたスウェーデン社会民主党政権が政権を奪取したことがある*7

5. まとめ

左派でリフレ派的な経済政策に関心がある人々が、どういう価値観を持つのか、どういう知識があるのかについて参考にはなるのだが、経済の本だとは思わない方がよいと思う。最後の方のブレイディみかこ氏の身の上話や、松尾匡氏のケインズとマルクスの比較解説は普段読まない類の議論で興味深いところもあるのだが、一部で薦めている人々が言うような、日本経済を学ぶための本と言うのはちょっと違う。

*1関連記事:移民政策に関して上野千鶴子を批判する北田暁大の作文が

*2なかなかこの発想はしないと思うが、年金給付の実質価格での削減になり、社会保険料や税金を多く払う現役世代の負担削減になる(関連記事:消費税率引き上げで若者の負担は減る)。

*3関連記事:ポルトガルは緊縮財政を止めて経済回復をしたのか?

*4ワイマル共和国―ヒトラーを出現させたもの』では、そのような話になっていた。

*5ナチスが第一党になるのは1932年7月で、ヒットラー内閣ができるのは1933年1月。次の選挙で大勝し、全権委任法で地盤を固めるのは1933年3月になる。政権取得後一ヶ月で政策効果が出たと考えることから無理があるが、この時期は失業率はまだ高めに推移している(関連記事:原田泰日銀審議委員のナチスの経済政策の政治効果の認識でおかしいところ)。

*6内閣が目指した失業手当の維持のためなどの財政赤字の拡大がライヒスバンク総裁のシャハトに阻止される一方、失業保険の保険料引き上げは企業側から強い反対を受けることになり、さらに折衷案は政権母体であるはずのSPDからの反対を受けて頓挫し、SPD政権の維持が不可能になった。

*7関連記事:りふれ派はスウェーデンに触れてはいけない

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