2018年7月10日火曜日

新自由主義者≠経済学帝国主義者

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もう続きを著作にされたものらしいが、明治学院大学の稲葉振一郎氏がウェブの20回連載のエッセイ『「新自由主義」の妖怪』で、産業社会論的な立場をからマルクス主義と新自由主義が似ていると言い出していた。稲葉氏の独自見解だと思うのだが、“経済学帝国主義”が変な意味で使われている気がするので、指摘したい。少なくとも新自由主義とはほとんど関係ないと思われる。

1. 連載20回で展開されている議論

全体の論調は次のような感じであった。産業社会論的な立場をから見ると、マルクス経済学の弁証法的唯物論と「新自由主義者の“経済学帝国主義”」は似たような発想があり、「思考の枠組みを共有」していると言え、国家独占資本主義(≒ケインズ主義的福祉国家)が良くないと言う見解を共有しており、国家独占資本主義を発展させるか、後退させるか処方箋のみが異なる。

違和感を感じる人は多いであろう。本稿ではこれ以上、言及はしないが、処方箋が異なる場合、現状の見立ても異なるはずだ。

2. 弁証法的唯物論と“経済学帝国主義”は似ている?

弁証法的唯物論は、生産技術が生産様式・社会構造を決定するので、生産技術の進歩に応じて封建主義→資本主義→社会主義と発展していくことになると言う歴史観、思想である。たぶん*1。マル経をかじった人は何でも階級闘争で説明したがるが、アレだ。自然主義的誤謬と言うか、世の中の良し悪しすら発展段階で測られてしまう。生産技術が全てを決定するわけで、“多元主義的な社会観”ではないのはそうであろう。

“経済学帝国主義”は、数理モデルや計量分析といった近代経済学の方法論を、隣接分野の課題に応用していく研究姿勢を指している。方法論であり、歴史観や結論は一義的には拘束しない。また、数理モデルは生産技術の他、人々の選好や取引摩擦、情報の非対称性など多様な要素の影響を許している*2。選好の一貫性すら維持されないときもある。つまり非合理な経済人のモデルすらある*3。世の中の良し悪しは社会的厚生関数を置いて評価する*4

歴史観や思想と方法論が似ていると言われても良く分からない。数理モデルや計量分析が弁証法的唯物論の一形態と捉えられるのであれば似ているのであろうが、そんな議論はされていなかった。ともかく、「経済、政治、文化といった社会の様々な側面の相対的自律性を重視する多元主義的な社会観」を許す許さないと言うことであれば、弁証法的唯物論は許さないし、“経済学帝国主義”は許さなくも無いと言うことになる。

3. 新自由主義は“経済学帝国主義”なのか?

新自由主義は、稲葉氏の定義では、フリードマンやハイエクなどのケインズ主義的福祉国家否定論者を指す。これはこの連載の文において良いのだが、フリードマンやハイエクは“経済学帝国主義”者と言えるほど、経済学のツールを適用する分析対象を広くとっていたのであろうか。二人とも叙述家でもあるから、経済学的方法を超えた分析で議論をしていたと思うが、“経済学帝国主義”とは教義の経済学的方法を周辺分野に応用していく姿勢のことである。

ベッカーの名前も挙げられていたが、結婚の経済学のような応用ミクロの経済モデルの多くは経済学帝国主義なのであろうが、新自由主義とどう関係があるのかさっぱり分からない。ベッカーもブログを書いていたし、麻薬取引にしろ何にしろ自由化推進論者ではあったので、ケインズ主義的福祉国家否定論者であったかも知れないが、その応用ミクロ経済分析においてはそれは関係ないように思える。“経済学帝国主義”から新自由主義が出てきたわけではない

世の中こうあるべしと言う信念としての思想である新自由主義と、世の中を分析するための方法論である“経済学帝国主義”が、ごっちゃになっているように思える。『経済学のアプローチであらゆる社会現象を斬ろうとする「経済学帝国主義」に対しても、産業社会論は容赦のない批判を浴びせました』とあるわけだし、せめて具体的に何をどう批判したのか紹介して欲しかった。

*1マルクス経済学を通して学んだ事がないので、そんなに自信は無い。

*2経済学を知ったかぶりするための独学方法」と言うので文献を紹介しているが、ちょっと分量が多いかも知れないので、「ひたすら読むエコノミクス」をさらっと読んで概要を掴むのがよいと思われる。

*3行動経済学を連想するだろうが、選好が一貫しない人に対するパターナリズムの是非を論じた理論的な分析(Laibson (1997))もある。

*4厚生経済学の規範概念に関する扱いはミクロ経済学のコースワークでも薄いものだが、「幸せのための経済学――効率と衡平の考え方」と言う高校生向きの良書が出ているので経済学徒以外でも概要は掴みやすくなっている。

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