2018年4月29日日曜日

木村幹『北朝鮮は通常兵器でソウルを「火の海」にできる』論の奇妙さ

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朝鮮半島を専門とする政治学者の木村幹氏が『韓国にとって核はワンオブゼムの問題でしかありません。北朝鮮は通常兵器でソウルを「火の海」にでき、朝鮮戦争では地上戦で膨大な死者が出たからです』と言っている。韓国の危機感が薄すぎるなと思ったので、和訳を出してくれている主要紙の論調を確認してみたのだが、さすがに北朝鮮の核放棄は最低ラインとして捉えられていた。韓国の政治家や官僚にインタビューをしている人なのでどこかで聞いたのだと思うが、面白い話に騙されていないであろうか。

1. 核兵器でソウルが火の海になる可能性はそれなりある

核兵器と通常兵器では時間あたりの殺傷能力が違いすぎて、防衛側のリスクが全く違う。

北朝鮮は核実験での規模から160kトンから250kトン級の核兵器を保有していると考えられているが、これは第二次世界大戦で広島に投下された原爆の10倍程度の威力となる。250kトン級をソウル上空で起爆できれば、致命傷になる熱線が半径6Kmに届き、一瞬にして爆風で半径4Km程度の地域のビルがなぎ倒され、半径12Kmまで民家への被害が生じるそうだ*1。一発でソウル市が壊滅し、数百万人の死傷者が出て、政治中枢が無くなる。北朝鮮は10発以上保有しているとされ、さらに威力を向上させ可能性もある。

ミサイル防衛システムで叩き落せる可能性はあるが、実験ではそれなりの精度があるものの、今のところ実績は弱い。むしろ湾岸戦争で使われたパトリオット・ミサイルが、良く調べたら全弾外れていたと言う事例が失敗データベース入りしている*2し、最近はサウジアラビアがイエメンからの弾道ミサイルの迎撃に失敗した可能性が指摘されていた*3。韓国軍も核兵器でミサイル防衛網の性能を試したいとは思わないはずだ。さらに将来的には、北朝鮮が既存のミサイル迎撃システムで対応困難なMIRVを導入する可能性もある。

2. 韓国に核兵器を投下しない保証は無い

木村幹氏は『北朝鮮との交渉を保ちつつ、核を「管理」できる状況さえ作れば、韓国に核ミサイルが飛んでくる事態だけは避けられる』とも指摘しているのだが、具体的にどういう状況があり得るのかが分からない。韓国が北朝鮮を併合でもしない限り、独立した指揮権を持つ北朝鮮軍の挙動を制御することはできない。核兵器が北朝鮮と韓国の協同管理にでもなって、仮想敵国日本に向けて配備することになると睨んでいるのかも知れないが、北朝鮮を併合するとしたら韓国であり、北朝鮮の最大の仮想敵国は米国なので、米韓に使えない切り札など保有していても、北朝鮮にとって意味が無いように思える。

3. 通常兵器でソウルが火の海になる可能性は低い

通常兵器の破壊力はずっと低い。北朝鮮軍が38度線を越えて南下すれば、通常兵器でソウルを壊滅させるのは難しく無いと言うのはそうであろうが、朝鮮戦争のときと比較して圧倒的に韓国有利な軍事バランスになっている。また、木村幹氏の「韓国現代史」に李承晩大統領が油断しきっていた事が書いてあったが、今の韓国軍は当時ほど間抜けではないはずだ。現実的に北朝鮮が通常兵器でソウルを火の海にすることは不可能に思える。

北朝鮮は38度線を超える事ができなくても、自走砲などの野砲数千門がソウル市を攻撃することができ、ソウル市民に多大な被害を与えると言う話も確かにある。具体的には、大量に配備されている122/200/300mm多連装自走ロケット砲(MRL)と170mm自走砲(通称コクサン)の射程が、弾薬によっては60Km以上ありソウル市内に届くとされる。しかし、相当な時間、砲撃を行なわなければ、ソウル市のような巨大な地域を破壊できない。ソウル市中心部から半径60Kmのエリア(下図、ソウル市を中心とする赤のサークル)を確認すれば分かるが、北朝鮮の領域内で攻撃可能エリアはそう広いところにならないし、そこは山岳地帯と言うわけでもない。航空兵力の良い的になる。

4. 韓国メディアもまず北朝鮮の核放棄を求めている

北朝鮮の核兵器保有を容認するような韓国世論、少なくとも日本語では報じられていないようだ。朝鮮日報、中央日報、東亜日報の社説や識者コメントを漁ってみたのだが、北朝鮮の非核化が最低限度の目標になっており、北朝鮮の核廃棄は当然として議論が構成されている*4。世論調査で北朝鮮の核保有の容認が多数意見になっていたりしないかも探してみたのだが、残念ながら関連したものは見つけられなかった。

5. まとめ

木村幹氏は韓国の政治家や官僚にインタビューをして回っている人なので、まったくの無根拠だとは思わないが、上述の理由で論が飛んでいるように聞こえる。木村氏が可能性の一つとして挙げる、韓国が北朝鮮の核兵器保有を容認すると言う話は、米国が東アジアでの核ドミノを容認するかのような前提も必要になる。日韓の相対的国力差が縮まって、韓国が国際社会で大きな影響力を発揮しだしており、それが日本の国益と合致していないと言うストーリーを韓国研究者が描きたいのは分かるのだが、面白くしすぎでは無いであろうか。文在寅大統領が核兵器の危険性をよく理解していないと言うことであれば、大変興味深い情報なのではあるが。

*1NUKEMAP by Alex Wellerstein

*2失敗事例 > スカッドミサイルの追撃・阻止の失敗による兵舎の被爆

*3サウジ、イエメンからのミサイル迎撃に失敗か 米紙 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

*4朝鮮日報の『南北首脳会談:板門店宣言、韓国の専門家はどう見たか』を見ても、非核化への進展や具体性などを論評していても、非核化の必要性に疑いは挟まれていない。中央日報の社説『文在寅-金正恩、非核化の大長征の扉を開く』でも、南北会談を非核化の第一歩と位置づけており、非核化の議論が南北融和よりも小さく取り扱われた事を批判している。

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