2016年9月25日日曜日

吉田証言の他にも山ほどあるクマラスワミ報告書の問題点

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「慰安婦の真実国民運動」なる団体が、1996年1月4日に出たクマラスワミ報告書に関して、いまさら文句を国連につけようとしている(産経新聞)。20年近く経ってから文句を言っても始まらない気がするが、それはさておき、クマラスワミ報告書で訂正すべきは吉田証言と言う誤解で話をしている人をチラホラ見かけるので、他にも大きな問題があることを指摘しておきたい。

1. 慰安婦が性奴隷である理由の説明無し

最大の問題点から指摘しよう。この報告書、なぜ慰安婦が性奴隷と言えるのかを全く説明していないのにも関わらず、性奴隷と言う単語を繰り返し使っている。奴隷と言っても色々あり得るわけで、性奴隷の定義を紹介した上で、慰安婦の就労条件を最初に説明すべきであろう。歴史学者の話によると、前借金契約と芸妓家業契約による拘束がその理由なのだが、当時は合法的存在の遊郭の遊女と見分けがつかなくなる*1ので明示するのを避けたと思われる。

2. 出典不明の事件が参照されている

次の問題として、出典不明の主張が見られる。

  1. 慰安婦の多くが撤退する日本軍に殺されたと主張しているのだが、その事例として挙げられているミクロネシア慰安婦虐殺事件については該当資料が存在しない。また、現時点で日本軍が大量に慰安婦を殺戮したような資料は無く、該当する遺体も発見されていない。要するに虐殺が捏造されているが、これは分かりやすい人道的な罪である。
  2. 慰安婦に最初になったのは朝鮮人だと印象付けようとしている。『長崎県知事に要請して日本にある朝鮮人コミュニティから朝鮮人女性を多数上海に送った』『最初に軍の性奴隷となったのは日本の北九州出身の朝鮮人』と言う記述があるが、これを裏付ける資料はない。『「慰安婦」の搾取は日本の中にまで及び』は、戦争拡大に伴い朝鮮人慰安婦が増えたという歴史家の推測とは合致しない。占領地や植民地での粗暴な振る舞いの結果だと印象づけている。

他にも色々とあるかも知れない。

3. 当時の状況や制度を良く理解していない

当時の状況や制度を良く理解していない記述が見られる。1932年に慰安所が「第二次大戦末まで日本の支配下にあった東南アジアの全域」に広がっていたとあるのだが、その時点で東南アジアで日本の施政権が及ぶのは台湾だけである。「女子挺身隊が設立された。だが、これを口実に、多くの女性が騙されて軍の性奴隷として働かされることになり」「1942年までは、朝鮮人警察官が村へやってきて『女子挺身隊』を募集した」とあるのだが、女子挺身隊が出来るのは1943年であり、朝鮮半島で女子が徴用されるのは1944年以降である。また女子挺身隊が慰安婦に転用された形跡はない。昔の事を議論する前には、まずは用語集や年表を作ろうと自戒したくなる。

4. 重要証拠と重要証言を無視している

良く知られている米陸軍資料(日本人戦争捕虜尋問レポート No.49)と、物証を持っており信憑性が高いと思われる元慰安婦・文玉珠氏の証言についての言及がない。この資料と証言は、報告書の「C. 慰安所の状態」の説明とは幾つも異なる側面を示している。米陸軍資料を見れば、前借金を返した後の年季明けの話などもあるのだが、全て割愛されている。慰安所が当時の公娼制度に準じている事をなるべく隠したいようだ

5. 作られた当時からダメな内容

「クマラスワミ報告書、吉田証言を紹介している点はいまの認識から言えば弱点だけど、それ以外の部分は今でも十分通用する内容」と言っている人もいるのだが、吉田証言に依存した箇所(項目29--31の所謂強制連行に関する叙述)の他にも山ほど問題がある。大半は当時、問題が分かったはずだ。とても真面目に書いたとは思えない。国連職員に関しては、先日のブーアブキッキオ報告*2もそうだったが、人権問題があるように書いておけば良いと思っており、無責任なところが少なからずあるようだ。しかし、今更とやかく言っても無駄である。

*1歴史家の吉見氏は「内地の公娼制度も、僕は性奴隷制度だったと思います…なぜかっていうと、要するに、人身売買を基礎にして成り立っている」と説明している。

*22015年に国連の特別報告者ブーアブキッキオ氏が日本の女子高生の30%に援助交際の経験があると言い出し、その後13%に訂正され、最終的に根拠が無い事を認めた。

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