2022年10月23日日曜日

ヤマトの俳優がアイヌ役が演じるときに起きうること

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人気マンガ『ゴールデンカムイ』の実写映画化のキャスティングで、アイヌ役を大和民族ヤマトの俳優が演じることへの批判に対してネット界隈の表現の自由戦士の皆さんが反論をしているが、社会的な支配層マジョリティ被差別集団マイノリティの役を演じてはいけないと言う表面的なルールとして捉えるだけで、そのルールが予防しようとしている問題に目を向けていない。

whitewashing的な配役が引き起こしうる問題は幾つもあるのだが*1、マイノリティ蔑視が入り込みがちなことは認識すべきだ。

『ティファニーで朝食を』のミッキー・ルーニーが演じる出っ歯メガネの日系人(もしくは日本人の)ユニオシが、偏見にもとづく日本人蔑視だと言うのが、よく挙げられる典型例なのだが、実在する人種や民族などを異人種が演じると、その実際の姿にかけ離れた偏見にもとづく侮蔑的な演出や演技になってしまい、それに属する人々の尊厳を毀損しがちである。現代のアイヌは、明治時代のアイヌの風俗に詳しくないから時代考証の役には立たないと言う指摘があるのだが、現代のアイヌが抱かれるような偏見が演出や演技に入り込むのを予防することはできるはずだ。

製作スタッフが注意深く演出や演技に問題が無い場合でも、マイノリティの役者を用いない事自体がメッセージ性を持つこともありえる。エジプトのファラオやペルシャの王子をアングロ=サクソンが演じると、アラブ人やペルシャ人は支配者に相応しくない容貌だと見下していると捉えられるかも知れないし、東洋人の美女役を白人に置き換えたら、東洋人の容姿は優れないと考えていると捉えられるかも知れない。アイヌ役にアイヌ役者をつけないことは、ある札幌市議の「アイヌ民族なんて、いまはもういない」と言う広く非難された考え方*2を裏書きしてしまう可能性はある。

whitewashing批判の観点に立つと、マイノリティがマジョリティ役を演じることができなくなると言う批判があるが、大概はマジョリティが製作スタッフに多数入って監視しているわけで、演出や演技にマジョリティに対する偏見が入り込む可能性は低く、この問題でマイノリティとマジョリティは等しい立場にない。ネアンデルタール人役にネアンデルタール人を、宇宙人役に宇宙人を・・・と言うような揶揄が多くされているが、絶滅した人種や架空の存在に対する蔑視はそもそも不徳と言えないので、類比として適切ではない。同じ人種、民族、国籍でも出身地をあわせる必要が出てくると言う指摘もあったが、不愉快に感じられるほどの偏見が入り込むほど違うわけではないから、類比にならない。

whitewashing的な配役が、必ずマイノリティ蔑視をもたらすとは言えない*3し、マイノリティの監修を受けるなどの他の予防策もあるわけだが、マイノリティ蔑視が不徳とされている現代社会においては、whitewashing批判の観点自体は無碍にできない。日本で実写映画化されたマンガの少なくない数が惨憺たる出来になっていることから考えても、製作スタッフの注意深さに信頼を置くことは難しい。原作にない演出を入れて、それがアイヌ蔑視になってしまうことはありえる。whitewashing批判の問題意識は認めるべきだ。

もちろん、whitewashing的な配役を禁止すべきとは言えない。幸福追及の観点から創作活動の自由は広く認めるべきで、マイノリティ蔑視の映画が生まれてしまうリスクも受忍すべき(なので、『ティファニーで朝食を』のボイコットには反対)だし、マイノリティ蔑視な映画が公開されても、それが非難されることで、何がマイノリティ蔑視にあたるのかよく理解されるようになる。ただし、創作の自由がもたらす社会厚生の損失を非難の自由がカバーしているわけで、非難を排除しようとするのは問題だ。神経質すぎるように感じもするが、whitewashing批判も問題意識ぐらいは理解してあげよう。

追記(2022/10/26 05:49):アイヌ役をヤマトが演じることのリスクばかりを列挙しているが、アイヌが登場する創作物が増えることは、アイヌの存在感を高めてアイヌ文化に敬意を払って保存に協力する人々を増やす効果が期待できる。日本で2万人を切っているアイヌ人口から考えて、アイヌ役をアイヌがやる(特にスラブとアイヌのハーフの役者を見つける)のは不可能に近いことから考えると、アイヌ役をヤマトが演じることで創作物を増やす方が、アイヌと言うエスニシティにとって利益があると考えることもできる。

*1マイノリティが良い配役を得る機会を失うという批判もあるのだが、服装などが同じであれば両者の識別ができない私から見て、アイヌの役者が大和民族役を得るのが難しいとは言えないと思うので、この観点からの議論は割愛する。

*2Twitterでそう発言した市議は野党から非難を受けただけではなく、所属する自民党から除名処分を受けた。

*3イタリア人が『トゥーランドット』を演じることが中国人蔑視になるとは聞かないし、最近の米国ドラマでは日系人役を韓国系が演じることもあるらしいが、日本人蔑視な演出や演技になっているとは言えないようだ。

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