単に自分の興味関心を世間と共有したいために書いている研究者も多い気がするのだが、一般向けの啓蒙書は、研究成果を世間に広めることで研究資金や後進となる学生を得る可能性が増すことができる、良いアカデミアのマーケティング手法だと思う。ただし、平易に書いてあるが題材の説明になっていないモノや、手堅く書きすぎて単なる教科書になっているものなど、失礼ながら駄作も少なくない。玉石混合な所も含めて大衆向け科学書の面白いところだが、新たに組織で出したらしっかりした内容なのにまとまりが無くなる事例が発生していた。
『すごいぞ! 身のまわりの表面科学 ツルツル、ピカピカ、ザラザラの不思議』は、日本表面科学会が会員に依頼して原稿を集めたものになっていて、すごく軽そうな題名だがきちんとしたポピュラー・サイエンスになっている本だ。編集グループが熱心に取り組んだためだと思うが、表面科学と言うくくりで著者45名による59もの関連性が薄いトピックを集めたのにも関わらず、全体を通じて平易な日本語で簡潔に題材を説明している。ノーベル賞受賞者の研究業績もコラムで紹介して、読み物としての工夫もされている。ところが読み通していくのが、ちょっと苦痛だ。
物質の表面に関するエッセイなのだが、物質と言っても多種多様だし、色、摩擦、触媒効果など特性も様々だ。表面科学と言う一つのテーマのはずなのだが、まとまりの無さを感じてしまう。分野外の人間が読むと、知らない事だらけなので個々のエッセイの情報密度を高く感じるわけで、まとまりの無さをさらに強く感じてしまう。氷の結晶の表面部分は水素結合の手が一本余っているので内部より不安定になり、水になりやすいような個々の話は身近で興味深いのだが。内容を全部を覚える事もできそうもないし、目に付いたトピックだけ読むのが良い気がする。開き直るとバイオリンが好きな人も、カタツムリが好きな人も、読むところはあるマルチタレントな良書。
こういう分けで内容を総括するのが難しいのだが、こういう所まで物質の表面は理解されているのだなとは分かるので、コツコツと読んでいくと現代の常識をちょっと入れることが出来ると思う。通勤通学の合間に二ヶ月ぐらいかけて読むと、たぶん丁度よい。
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