「高校教育で女の子にsin、cos、tanを教えて何になるのか」と言われたら、中学数学がぬるいと言う意味に捉える国語力の私だが、世間の人はそうは考えないようだ。この発言をした鹿児島県知事は世間から批判され、発言を撤回した(朝日新聞)。
SNSで観察した限り、二つの点が問題にされていた。一つは、男女別教育を前提としており女性蔑視が見られる点、一つは、三角関数の重要性を認識していない点だ。これらの批判は妥当だと思うが、知事のような発想をする人は少なくない。教育内容の正当化が、十分に行われていないからだ。
1. 男女別教育が頭から否定されて来たわけではない
男女別教育はそう不自然に捉えられていない時代もあった。現実として女子高や女子大が存在する。教育内容も、家政学部のような独特なモノもある。共学でも、理工系や社会科学系を女性は敬遠しがちだ。女性の社会進出が進む昨今では男女別教育に必要性を感じないが、男女別教育を強い批判無く実践してきていることも考慮に入れると、県知事の発言は異常に思えない。単に良くいる保守おじさんだ。
2. 三角関数は重要だが、それが不必要な職種も多い
三角関数の重要性は明らかだが、高校教育で教えるべき内容だと十分に正当化されているわけではない。測量、電気、工作機械、コンピューター・グラフィックスなどでは直接使うし、複素数やフーリエ級数などのより高度な数学も支えている。事務職では役立たないであろうが、技術職では必要になる可能性が高い。具体性の無い代数学の基本定理*1や、否定的結論のアーベル=ルフィニの定理*2では無いのだよ。しかし、技術職にならない人も多い。高校進学率から大半の人に教えることになるのだが、それは正当化できるであろうか。
3. 三角関数ぐらい知らないと、先に進めない分野がある
本当の問題は、中高の教育をどのように位置づけるかであろう。職業訓練期間だとすれば、事務職になる人には三角関数は無駄知識になる。頭の体操や豊かな教養として数学を正当化しようとする人もいるが、他の方法より優れているとは限らない。しかし、職業模索期間だとすれば、人生の可能性を広げる教育内容が求められる。三角関数ぐらい知らないと、高度教育を効果的に受ける事ができなくなるのだから、この目的ならば容易に正当化される。
4. まとめと補足
人生の可能性を広げると言う意味で、三角関数を教える意義は大きい。「高校教育で女の子にsin、cos、tanを教えて何になるのか」と言われたら、女性の技術職への進出を支援すると答えればよいであろう。非技術職の保守的なおじさんへの回答としては、これで十分だと思う。社会通念として正当化されるものかは分からないが。
最後に本題とそれるが、作家の曽野綾子氏や伊藤祐一郎知事が、彼らの知っている範囲でもっとも高度な数学の項目として二次方程式の解の公式や三角関数を挙げたと揶揄している発言を見かけたのだが、これは誤りであると思う。中高の教育内容について言及しているわけで、そこに無い数学に言及しても意味が無いからだ。
曽野綾子氏に「五次方程式をTschirnhausen変換を使ってBring-Jerrardの標準形を求める事で解かなくても生きてこられた」*3と言われても、「それは中学校で教えていません」と答える事になる。伊藤祐一郎知事に「高校教育で男の子にsn関数、cn関数、dn関数を教えて何になるのか」「高校教育で女の子に℘関数、ζ関数、σ関数を教えて何になるのか」と言われても、「そうですね、教えていませんし」としか言い様がない。
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