2022年1月12日水曜日

快楽は一瞬で代償は高くつく? — 強姦と性的暴行へのポルノの影響

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・・・と言うタイトルの短い展望論文*1を、最近、よくタイムラインで見かける表現の自由戦士の手嶋海嶺氏が紹介*2していて拝読したのだが、紹介の仕方がミスリーディングだと思うので指摘しておきたい。

この論文はポルノが性的暴行を増やすと言う主張を否定しているが、ポルノ以外による作用や、性的暴行以外の影響については特に何も言っていない。よく議論されている萌え絵に害がない傍証にはなるが、科学的に決定的な議論にはならない。萌え絵とポルノは同質なのか、男女役割に関する固定観念への影響も無いと言えるか、男性ではなく女性への影響はどうかと検討すべきことが多く残る。

1. 論文に書いてあること

Ferguson and Hartley (2009)の内容をざっと紹介すると次のようになる。米国では映画やビデオやネット配信などの新しいメディアが出てくる度に、保守派とフェミニストが結託してポルノ規制を求めてきており、何度も規制法案が施行され、何度も連邦最高裁で違憲判決が出ているが、現在も規制強化が試みられている。科学的な根拠は薄弱だ。心理学の実験や相関分析などで様々な研究が蓄積されているが、それらの結果に一貫性はなく、決定的な手法と言えるものもない。ポルノが賢者タイム効果(catharsis effect)で性的暴行を減らす可能性すらある。一方で、アメリカに限らず多くの先進国で、ポルノ利用の増加に反して性的暴行事件発生率は大きく低下している。これは社会構築説、フェミニスト理論、進化生物学による強姦の発生要因の説明すべてと整合的ではない。警察の取り締まり強化や、中絶や避妊の合法化におる人口動態も、性的暴行事件発生率低下を十分に説明しない。今や、ポルノが性的暴行を増やすと言う仮説を捨てるべきだ。

以上は、ポルノ作成数と性的暴行事件発生率を示したグラフで、インターネットの普及でポルノ利用が盛んになっているのにも関わらず、性的暴行事件発生率が下がっていることを示している。

2. 論文に書いていないこと

この論文の指摘は、メディアが鑑賞者に与える影響が限定的なひとつの事例になるのだが、メディアが鑑賞者に無影響であることは主張していない*3。また、心理学実験の結果からポルノの悪影響がないとは主張していない。

心理学実験の結果紹介の節の議論が込み入っているのだが、主要な研究の中にもポルノの影響が無いか限定的であることを示すものがあると書いている一方、ポルノの影響があるとする研究に対して手法や何かの点で優越しているとは書いていない。つまり、心理学実験結果に一貫性がないことを指摘しているだけで、「暴力的なポルノを見た場合と、非暴力的なポルノを見た場合で比較して…特に影響は見られなかった」と、結論が否定になるとしているわけではない。むしろ紹介した研究を含めて、研究に限界があると指摘している。

Ferguson and Hartley (2009)の結論は心理学の研究以外にも依拠して出ているので、心理学の実験結果を紹介する節だけ訳出しても「著者の主旨にそった正確な引用」にはならない。そもそもポルノ作成数と性的暴行事件発生率のグラフの方が強力なインパクトがあるので、ここをピックアップしようと思ったのが謎だ。

3. 心理学の実験結果とおくべき距離

心理学の実験結果は解釈が難しく安易な請け売りは問題含みだし、心理学再現性クライシスがある*4ので信頼がおけないところが、手嶋氏の議論では共有されていないようだ。Ferguson and Hartley (2009)は、適度に心理学の実験結果と距離を保った議論になっているが、Ferguson and Hartley (2009)が字数を割いて紹介している論文Malamuth and Ceniti (1986)を例に、請け売りは問題感を説明しておこう。

Malamuth and Ceniti (1986)*5は、ポルノ映画視聴が視聴者を女性に対して攻撃的にすることが多くの研究で確認された事実だと認めた上で、男性被験者が42名に対して行った実験結果をもとに、数日も経つとその効果が消えていることを指摘している。しかし、被験者が42名と少ないので統計的有意性が出なかった懸念が残る。サンプルサイズ設計は行われていない。42名を暴力的なポルノ、普通のポルノ、ポルノ無しの3群に分けているはずだが、十分であろうか。また、数日続くのか数時間で影響が消えるのかは定かではないので、解釈が難しい。男性被験者が書いた政治・社会アンケートを見て女性の偽被験者が罵った上で、男性が念じた数字を女性があてる超感覚的知覚(ESP)実験に参加していると男性被験者に思わせて、罰をあたえるとESP能力が落ちる可能性が高いことを説明することにより*6、罰が攻撃的な行為だと男性被験者に認識させた上で、正解時の女性への報酬と不正解時の女性への罰を男性に決めさせ、その報酬と罰の水準を見て攻撃性を判断する実験計画は、なかなか面白いのだが。

ポルノ映画視聴が視聴者を女性に対して攻撃的にすることを主張する論文はどうであろうか。Malamuth and Ceniti (1986)でも参照されているDonnerstein and Berkowitz (1981)*7では、(1)男性もしくは女性の実験者が、男性被験者に嫌がらせを加え怒らせた後に、4種類の映画(非ポルノ, 非攻撃的ポルノ,攻撃的×女性が喜ぶ〃,攻撃的×女性は喜ばない〃)のうち1つを見せて、さらに電気ショックを実験者に加えることを許可したところ、攻撃的ポルノ2種類のうち1つを観た男性被験者は、女性の実験者に電気ショックを加えやすかったこと、(2)被験者を怒らせないで、女性実験者が4種類の映画のうち1つを見せて、さらに実験者に電気ショックを加えて良いと許可したところ、攻撃的×女性喜ぶポルノのみが被験者の攻撃性を増したことを報告している。許可されて電気ショックを加えると言うのは、性暴力でも無いし、犯罪行為とも言えないので、ポルノ有害説と外的整合性がない。

人間の心理を考える上では興味深いのだが*8、実社会の問題とは大きく異なる状況での実験であり、同じ言葉でも内容は随分と異なる上に、分析手法に問題がないとは言えないので、有害説に牽強付会できそうな研究も、無害説に牽強付会できそうな研究も、数行の紹介を請け売りできるものではないのだ。

(悪い意味で)化学とは違うんだよ、化学とは!*9

4. なるべく正確な理解が必要な理由

表現規制派フェミニストを非難できているのだから、論文の細かい論理なんてどうでもいいよと思う表現の自由戦士も多いのは分かっているのだが、説得のためではなく非難のための議論になってしまって非建設的だ。高圧的な態度でワクチン懐疑論者に接してもワクチン接種に誘導できないと言う話もある*10ので、慎重に議論したい。

Ferguson and Hartley (2009)に関しては、もっと説得力のある情報を読み落としている残念なことになっていたし、レーガン政権時代の米司法の報告ミーズ・リポートでは有害を支持していたことを読み落とさなければ、学者ならばまだしも、それ以外の人々がポルノ有害説を信じていても、そうバカにはできないと思えたかも知れない。

専門教育を受けたはずのジェンダー社会学者あたりの議論も(もっと)雑だったりするので、表現の自由戦士の皆さんとしてはやる気が出ないかも知れないが、反転可能性テストを駆使すると、相手が自分に行う論法が不徳なのであれば、自分が同じ論法を相手に用いるのは不徳なので、ジェンダー社会学者のやり口は踏襲してはいけないことになる。

お前だって論法(Tu quoque)を頑張ってもしっぺ返し戦略は正当化されないので、なるべく誠実に議論をしていこう。私が出来ているとは思わないが('-' )\(--;)BAKI

*1Ferguson and Hartley (2009) "The pleasure is momentary…the expense damnable? The influence of pornography on rape and sexual assault.," Aggression and Violent Behavior, Vol.14(5), pp.323–329

*2表現悪影響論・表現規制論に対抗するための『理論武装』~その科学的根拠~|手嶋海嶺|note

*3メディアの影響については色々と議論がある(関連記事:テレビなどの影響を悪く言う前に読むべき『メディアと日本人』)。

*4心理学・行動経済学等の著名な研究論文が次々に追試失敗【心理学】|手記千号|note

なお、信頼のおける研究もあるそうです。

*5Malamuth and Ceniti (1986) "Repeated exposure to violent and nonviolent pornography: Likelihood of raping ratings and laboratory aggression against women," Aggressive Behavior, Vol.12, pp.129–137

*6論文中で言及は無かったが、この説明より男性被験者の攻撃性が落ちた可能性がある。

*7Donnerstein and Berkowitz (1981) "Victim reactions in aggressive erotic films as a factor in violence against women," Journal of Personality and Social Psychology, Vol.41(4), pp.710–724

*8例えばMalamuth and Check (1981)は、トンデモ女が出てくる映画ゲッタウェイ(The Getaway)を大学生の男女146名を被験者にランダム化比較実験を行い、パートナーへの暴力的態度への受容度を示す指標(AIV)が統計的に有意に増加する一方、レイプ神話受容尺度(RMA)はそうではなかったことを示している。AIVの質問項目を見ると、被験者自身がどうするかと言う話ではなく、「多くの女性に・・・」「・・・である時もある」「多くの場合・・・」と(少なくとも1980年代は)違法性が明確ではない質問項目が並んでいる一方、RMAの方は「ヒッチハイク中の女性がレイプされるのは自業自得だ」のような犯罪受容的な質問項目があることに注意すると、映画が鑑賞者に与える影響が単純なものではないことが想像できる。

*9確か手嶋海嶺氏は化学を学んだと言われていたので。なお、化学ではレシピを探すように一日に何本も論文を読むのだが、他の分野の論文はある意味、欺瞞に満ちているので、多少は論理の一貫性などに気を払って読む必要がある。

*10関連記事:人々にワクチン接種をさせる方法

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