2021年8月1日日曜日

テストステロン分泌量がヒトの運動能力を左右しないとすると

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スポーツにおける性別は性染色体で定め、キメラなどの人のために例外規定を設けることになる。

女子の競技大会からのトランスジェンダー女性と性分化疾患(DSD; インターセックス)排除/規制に対するジェンダー学者の批判で、ヒトに分泌される男性ホルモンのテストステロンの量がヒトの運動能力を左右しないと言うものがある*1。現在、国際陸連はテストステロン値が一定以下でないと、女性として競技会に参加することを認めていない。

1. テストステロン分泌量を重視しない考えもある

テストステロンはたんぱく質同化ホルモンで、さらに赤血球の量を増やすなどして有酸素性能力を高める効果があり、男女でテストステロンの分泌量に差があり、テストステロンをドーピングすると持久力などに効果があることが分かっているのだが、男性だけ、もしくは女性だけのサンプルで、テストステロン分泌量と運動能力の関係を調査すると、明確な傾向が観察されない。男女の運動能力差は、テストステロン分泌量以外の要素も大きく関わっていると考えられている*2が、慎重にテストステロン分泌量と身体能力の因果を認めない立場もおかしいとは言えない。

2. 性染色体自体が男女の身体能力の差異の原因と見なすことに

この話を受けて、ジェンダー学者の皆様は、テストステロン分泌量による男女分けが不適切なので、トランスジェンダー女性や性分化疾患の人も女子の競技会に参加できるようにするべきだと主張している*3。しかし、誤謬推理だ。テストステロン分泌量が男女の運動能力差を表さないとしても、男女の運動能力差が無くなるわけではない。性染色体自体が男女の身体能力の差異を左右していると見なすことになる。

男性より運動能力に劣るシス女性にスポーツの参加機会・参加意欲を与えることが女子の競技会の目的であるわけで、シス女性が太刀打ちできない人々を加えたら目的が達せられない*4。テストステロン分泌量以外の基準を設けるべきであって、身体的な男性も加えろと言うのは目的を見失った主張となる。

3. 性染色体を基本に性別分類は可能

テストステロン分泌量以外の男女分け基準を設けるのは、手間隙を除けば難しくない。ジェンダー学者は科学的根拠に基づいて性別を機械的に分類することは不可能であるかのような主張をするが、性染色体と変異とキメラなどの例外を考慮すれば済む*5

女子スポーツで問題になるケースの多くは、性染色体はXYで男性*6だが、X染色体に変異があって性分化疾患となるアンドロゲン不応症だ*7。ただし、卵巣も子宮も膣もあって妊娠出産が可能な女性が、性染色体のテストで男性に分類される場合がある。1964年の東京オリンピックでエワ・クロブコフスカ選手が片方のX染色体が不活性なBarr Bodyが原因で男性に分類されたが、翌年、彼女は男児を出産した。複数の異なる染色体情報の細胞をあわせ持つキメラの人で、妊娠出産を何回も経験しているのに、性染色体のテストで男性に分類された事例もある。

過去に話題になった事例を考えると、性染色体で男性に分類された場合でも女性の外性器と内性器を備えていれば女性と認定すべきだから、上のようなフローで判定する事になる。テストステロン分泌量は薬剤で抑制することはできるが性染色体を変更することは不可能なので、トランスジェンダー女性と性分化疾患の人は、どう頑張っても女子の競技会に参加できなくなるが。

4. まとめ

テストステロン分泌量による男女分けが不適切と言うのは一理あるのだが、その主張を真に受けると*8、性染色体と内/外性器の確認による性別分類で代替するのが適当になり、トランスジェンダー女性と性分化疾患の人を全排除することになる。ジェンダー学者の目指す方向とは逆の結論になる。4500人に1人と言われる完全アンドロゲン不応症の人々がリオ・オリンピック女子800m走で表彰台を独占したことから、完全アンドロゲン不応症の人々が性染色体XXの女性よりもスポーツで優位であることが確認された*9現在ではなおさらだ。

ジェンダー学者はスポーツの女子カテゴリーが何のためにあるのかよく整理できていないため、自分たちが何を言っているのかよく理解できていないのであろう。マイノリティーの利益を考慮*10するだけではなく、そうでない人々の利益も考慮してくれたら、こういう妙な議論は随分と減る気がするのだが。

追記(2022/07/15 23:39):国際水泳連盟(FINA)は「女性に転換した男性(トランスジェンダー女性)は、ホルモンセラピーや男性ホルモンのテストステロン低減といった治療を受けても、女性に対して身体上の有利性が保たれる」ので、トランスジェンダー女性による女子競技への参加が認められるのは「男性の思春期のタナー段階2より先の段階を全く経過していない、もしくは12歳未満であることを、FINAが十分納得できるよう立証できる」場合に限ると女子競技へのトランスジェンダー選手の参加基準を変更した(Reuters)。ほとんどのトランスジェンダー女性は参加できなくなる。

追記(2023/03/24 12:36):2021年、国際統括団体「ワールドラグビー」はトランスジェンダー女性選手について女子の国際試合への出場を禁止すると発表」し、世界陸連は2023年3月「23日の意志決定会議で、思春期を男性として過ごしたトランスジェンダー選手について、男性ホルモンのテストステロン値にかかわらず、女子陸上競技への参加を禁ずることを決めた」。

*1スポーツに求められる多様な性への尊重 / Respect for Gender and Sexual Diversity in Sports: | 関西大学ニューズレター『Reed』|関西大学

*2The complicated truth about testosterone’s effect on athletic performance

*3ジェンダー学者の清水晶子氏は「「(女性として)通常」という基準自体がしばしば白人の女性を念頭において設定」とも批判しているが、なぜ白人女性の基準と言えるのかは不明である。

*4関連記事:トランスジェンダー女性はスポーツにおいて女性ではない

*5Sex redefined | Nature

*6性染色体に多様なバリエーションがあると言うか、先天異常でXXとXYに分類されない人々もいるのだが、クラインフェルター症候群(XXY)もヤコブ症候群(XYY)は男性として育つことになるので、スポーツにおける女性定義では考慮しなくてよい。ターナー症候群(X)は女性、トリプルX症候群(XXX)は身体的な異常がほとんど無い女性になる。

*7性染色体がXYである他、性腺は精巣ではあり、抗ミューラー管ホルモンによって子宮と卵管は形成されないが、アンドロゲン受容体の異常によりウォルフ管の分化が阻害されて外性器が女性型になる。また、テストステロンやジヒドロテストステロンが性分化を促さないだけで、これらの男性ホルモンは体内で生成されている。性染色体がXXである女性は、例え多嚢胞性卵巣症候群でも、テストステロン値が5nmol/ℓを超えることは無いが、完全アンドロゲン不応症の人は7.5nmol/ℓを上回る(DSD Regulations call out athletes as biologically male - Sports Integrity Initiative)。

*82011年に国際陸連は性染色体からテストステロンに基準をわざわざ変えているわけで、運用上、テストステロンに利がある蓋然性が高い。

*9確率はおおよそ1/4500³になるので、911億回に1つ未満の奇跡になる。オリンピックの開催回数は31で、競技種目は多岐に渡るわけだが、それを考慮しても大きすぎる偶然だ。

*10アメリカ・バッファロー大学のスーザン・カーン教授(ジェンダー学)は、「女性として生きてきた人に『あなたは女性ではない』ということがどれだけ重大なことか理解するべきだ」と指摘している(withnews — 「生物学的に女性ではない」とされた銀メダリスト、どう向き合えば?)。

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