2020年5月6日水曜日

新型コロナウイルス感染PCR検査の感度70%(偽陰性30%)は厳密ではないが、デマとは言えない

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PCR検査については感度が70パーセント程度と低く、偽陰性が30パーセント程度出てくるリスクがあり、精度を高めるためには複数回の検査が必要とされている」と書いてある記事に、「デマだから、それ。いい加減にしろよ。」と文句をつけている人がいたのだが、症状が出てからの日数に依存するとは言え、ここまで知られているデータからすると感度70%はそう悪い相場感ではない。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に罹患しているか調べるためのRT-PCR検査は、症状が出てからの日数と、どの体液を検体として用いるかに依存する。日本の場合、感染から発症し、陽性が確定するまでの最頻値は13日であり、潜伏期間を考慮して、発症から検査までは8日ぐらい経ったあとに*1、鼻咽頭ぬぐい液と(可能ならば)下気道由来検体を用いて検査している*2。プレプリントだがWikramaratna (2020)のFigure 1の左側のグラフを参照すると、目視で0.75(95%信頼区間±0.125)といった感じだ。感度7割は概ね妥当な認識になる。他の研究を見ても7割ぐらいのことが多い。

複数検体を同時採取すれば感度が上がるので、検体2つで感度9割だと主張をしている人々がいたのだが、鼻咽頭ぬぐい液と下気道由来検体に含まれるウイルス量が独立と言う事はなく、下気道由来検体で陰性であった場合は、鼻咽頭ぬぐい液でも陰性である可能性が高いことに注意すると、正しい推論になっていない。体内でウイルスの増殖が十分でないとどちらも陰性になる可能性が高くなるし、下気道由来検体の方が望ましいとされているわけで、下気道由来検体が鼻咽頭ぬぐい液に優越してウイルスを含んでいる確率が高い。また、独立であれば鼻と口と唾の3つから検体採取すれば感度を大きく上げる事ができるが、そんな事はされていない。

感度70%(偽陰性30%)はデマとは言えない*3が、反実仮想においてよい想定にはならないことには注意しよう。発症からPCR検査までは8日間は、患者が自主的に病院にやってきて医師が各種スクリーニングを行った上でPCR検査を行う現行体制での話であって*4、濃厚接触者を2週間隔離し、毎日健康状態を確認する積極的隔離措置をとっている国ではもっと短くなり、感度は上がり、偽陰性率は下がることになる。逆に、(上述論文からではないが)発病前後の感度がもっとも高くなると言われているので、感染直後で症状が出る前のPCR検査の感度は低いことになる。PCR検査はその実施状況で感度が大きく変化することに注意が必要だ。患者の自発性に任せるのではなく、積極的に隔離措置をとり経過観察をするような体制にすれば、PCR検査の感度を上げることができる。

元記事の方は流行状況の把握に使う目的での話になっているのだが、もう少し具体的な話にならないと感度が低いと問題なのかが分からない。例えば、感染者数の時系列変化を見るという意味では、時間を通じて感度がだいたい一定と見なせれば、感度が高くなくても問題はない。疫学調査で感染経験を調べる場合は、治ったら陰性になるPCR検査よりも、IgG抗体がなくなるまで少なくとも半年ぐらいは検出力がある抗体検査キットを(感度と特異度を調査した上で)使う方が適している。韓国では感染防止目的で組織や部署に感染が広まっていないか調査するのに、複数人の検体を混ぜてPCR検査を行うことにより、省コスト化しつつ組織単位での感染状況を把握している。独立に近い検体を混ぜるので、感度も上げることができる。こういうわけで、実践的には感度の高低だけで話は終わらないことにも注意が必要だ。

*1厳密には発症から検査までの日数は、かなり裾野の広い分布になるので、最頻値をもとに議論するのが妥当かと言う問題はある。

*22019-nCoV(新型コロナウイルス)感染を疑う患者の検体採取・輸送マニュアル~2020/03/31更新版~

*3根拠になるプレプリント論文が幾つかあるわけだが、正しいと言えるほど確定的ではないことに注意がいる。

*4WHOもスクリーニング後にPCR検査しろと言っているし、CTの方が1時点1回のPCR検査よりも正確に診断できると言う話もあるし(Long C et al. (2020))、この運用が不適切と言う話ではない。

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