2019年6月9日日曜日

原理から見た製鉄の歴史が分かる「人はどのように鉄を作ってきたか」

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金属が文明に与えた影響は大きく、歴史区分に鉄器時代を使うこともあるし、創作物で鍛冶のシーンが出てくることも多く、製鉄はモノ造りの象徴とも言える存在だ。鉄鋼業界の変動や再編は今でも大きなニュースになる。しかし、製鉄の原理や歴史を学んだ人は少数であろう。ヒッタイト起源だと世界史で習ったぐらいであろうか。しかし、それでは文明を語る老害にはなれない。

人はどのように鉄を作ってきたか 4000年の歴史と製鉄の原理』は、工学者の視点で書かれた技術史の本。分類すれば歴史の本なのだが、どう技術が伝播したのか/どう社会を変えたのかという歴史家の視点ではなく、どのように作っていたのか/生産効率はどうなのか/生産物がどういう性質を持つのかという工学者の観点から記述される。

第2章で説明される化学的な製鉄の原理を念頭に、前近代~近代までの各時代の製鉄炉(と転炉)の構造の詳細と、その中でどのような反応がおきているのかの説明がされる。日本のたたら製鉄が中心となっており、著者が行ってきたたたら製鉄(と、鉄下し法)の基本構成を模索する研究が詳しく紹介されているので、読んでいると素人でも砂鉄を集めて鉄器を鋳造/鍛造できそうな錯覚を覚え、製鉄がしたくなる。中学校で習う化学の知識は必要だが、ルビが無ければ読めない漢字*1に耐えて。炉の寸法の説明を読む忍耐力があれば完読できるであろう。図もそれなり豊富なのだが、和鋼博物館などにいって実物を見たくなる。鞴の説明がピンと来なくて、検索して吸入弁の構造を確認してしまった。

意外に全体でまとまった話になっているので、最後まで読むべきと言うか、むしろ第16章から第18章を先に読んだ方が良いかも知れない。「炉の温度が上がり不純物の多い銑鉄や鋼塊ができる」(p.14)「炉内が乾燥すると、鉄が「はしかく(脆く)なる」」(pp.149–150)理由が、第15章「「沸き花」の正体」のpp.190–191に記述されていたりする。科学的に詳しいたたら製鉄の説明は第15章、和鉄と言うか前近代の製鉄による鉄の説明は第16章、第17章になる。和鉄は表面に溶け込んだ酸素が集まってくるので、皮膜効果のある黒錆(Fe3O4)が形成されると言う話は、表面科学だな…と思えて興味深かった*2。第18章が前近代的な製法の利点を製鉄業で取れいれることを考察している。なお、第18章の電子レンジによる製鉄は火花が飛んで大惨事になる可能性があるので、間違っても家庭で真似しないように。また、「火力発電や原子力発電では、夜間の発電量を下げることができない」(p.244)は誤認である*3。そう言えばp.97の歩留まりの意味が、続く文から計算される歩留まりからすると、意味が逆に使われているようである。

歴史好き工学好きの人たちだけではなく、社会科学や文学に関心が強い人々も得るものがありそうな本である。近代の製鉄業の技術進歩の方向性は、生産物の品質ではなく生産規模と歩留まり、エネルギー効率の改善が主だったことが分かり、技術進歩について単純なレベルアップという発想を抱きがちな人々の戒めになるであろうし、詳細な製造プロセスの説明は創作物の参考になりそうなので創作物における粗い描写が改善されそうだ。日本文化としてのたたら製鉄が、鉄鉱石を産出しない国土にあわせて進歩した技術と分かるので、日本文化について語りたい人々にも良いと思う。

*1ケラフイゴなど読めぬ(´・ω・`)

*2関連記事:日本表面科学会が編集したエッセイ集

*3石炭/石油/LNG火力発電は出力調整発電が可能で、実際に出力調整しつつ運用されている。原発も構造上は出力調整運転が可能で、四国電力伊方発電所2号機で昭和62年と昭和63年にPWRの試験が行われているし、フランスでは実際に需要追随で商用運用を行っている。

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