2019年5月8日水曜日

大和民族の正体不明感が分かる「日本人の起源」

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自分が属する民族がどこから来たかについては気になるもので、ネット界隈でも考古学は人気の話題の一つだ。周辺国への憎悪から、無理な自説を構築している人々もいる。断片的に聞いた話で想像を膨らませているのだと思うが、考古学者がどう情報を整理しているのかを確認したいところだ。中橋孝博『日本人の起源 人類誕生から縄文・弥生へ』を拝読してみた。捏造事件などを含む学説の右往左往ぷりを含めて、遺物や人骨の発掘と分析手法がいかに考古学の知見を更新してきたか、そして現在もどういう情報が足りていないか分かる本だった。

2004年に書かれた本を2018年までの研究展開を加えて更新した内容で、副題の通り人類の起源から説明してくれるし、ヒトの祖先は二足歩行をするようになってから脳の容量が増えたことなどを知らない人も多いであろうが、紹介される研究者の人間味もまた興味深い。昔はとくに偏見があったのか新発見はなかなか信じてもらえない上に、チャールズ・ドーソンのピルトダウン人のような捏造事件にも弱かったようだ。タウング・ベイビーを発見したもののヒトの祖先だと認められず化石人類学から身を引いたダートを、27歳年上のブルームが熱心に支持して68歳から化石を収集しだしてダート説を強力にサポートする大人の化石を発見し、ダートが勇気づけられて発掘に戻ってきて、ダートを非難していたキースなどが誤りを認めた話は涙なくして読むことはできない(pp.76—81)。日本にも相沢忠洋や直良信夫のような苦労人がいたし、ゴッドハンド藤村新一のような研究障害もいた。

なかなか縄文人や弥生人のところに話が入っていかないわけだが、入っていくと考古学の骨や遺跡が出てきてなんぼ感のある難しさがさらに分かるようになっている。縄文人が住んでいたところに弥生人がやってきたと言うのは定説のようだが、縄文人や弥生人がどこから来たかよくわかっていないようだ。人骨の形状、核/ミトコンドリア遺伝子(と耳垢や福耳などのそれの発現)、保有ウイルスなどで、古人骨と現代人を比較したり、古人骨と現代人(とヒトと一緒に移動する動物である犬やネズミ)の分布を調べたりと色々とやっているのだが、すべての時代と地域から十分な数の古人骨が発掘されているわけではない。味盲(PTC)の分布が他の遺伝的分布と合致しなかったり(p.215)、北九州の支石墓には縄文人の特徴を備えた人骨があった一方、朝鮮半島の支石墓には弥生人の特徴を備えた人骨があったり(pp.270—278)解釈が難しい事象もある。放射性炭素年代測定の修正によって日本の遺跡の年代が500年ほど昔になったり(pp.268—270)、技術進歩で話が狂ったり整合性が出てきたりすることもあるようだ*1。主流説である「二重構造モデル」ですら、著者は十分な根拠があるとみなしていない(p.244)。北アジアに住んでいた弥生人が朝鮮半島経由で日本に移住したことになっているが、弥生人は南方とのつながりを示す文化要素(高床式、絹織物、漆製品)もまた持っていたことが分かっているし、中国の江南地域の遼王城と神墩の遺跡の少数の人骨は弥生人との類似性があるそうだ。十分な古人骨が発掘されれば話が変わってくるかも知れない。また、アイヌはオホーツク人、沖縄人の先島諸島の人々はより南部のアジアの人々とのつながりがあったので、本州の人々を分析したら終わりと言うことにもならない*2

考古学者もできることはしていると思うが、まだまだ議論が確定することは無さそうだ。人類の起源の方も、日本人の起源の方も、遺跡や骨が新たに発掘されれば話が深化するのは確実のようで、今後の科学欄が楽しみである。

*1本と比較している朝鮮半島などの遺跡の方は測定方法があっているのか気になった。ネット界隈では日本の菜畑遺跡の稲作跡が朝鮮半島の無去洞玉峴・麻田里遺跡よりも古いことがよく言われているのだが、話がひっくり返る。なお、本書では龍山文化/趙家荘遺跡(山東半島)→朝鮮半島→日本という伝播ルートを主流派説としている。甲元眞之『日本の初期農耕文化と社会』によると、朝鮮半島では紀元前1000年期中頃にイネが検出されており(p.256)、日本と朝鮮の遺跡で発掘される木製農耕具は同じ特徴があるそうだ。

*2正体不明なのは日本民族全体なのだが、日本民族と日本人で日本がかぶるのでこのエントリーの題名は大和民族とした。

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