2019年4月14日日曜日

System 1と2が出てくる心理学の二重過程理論とどう付き合うべきか

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ノーベル賞を受賞したカーネマンなど著名心理学者も持ち出してくるので、心理学者ならずとも反射的な判断をSystem 1、熟慮する判断をSystem 2で行っているとするような二重過程理論を耳にしたことはあるであろう。ヘアの二層理論など思想から来る議論と類似性があり、説明のための概念としては優れている面もあって、ついつい確たる議論として採用したくなる。しかし、この二重過程理論、微妙に強固とは言えない面があるので言及するときは注意が要る。

1. 2つのシステムをそれぞれ担当する脳の部位の存在は不明

System 1と2をそれぞれ担当する脳の部位は特定されておらず、そのようなシステムが実際に別個に存在するかは明らかではない。fMRIによる幾つかの研究はあるようなのだが、脳の特定部位が直観的な判断と熟慮を要する推論のそれぞれを処理している可能性も、同じ部位が二つを処理している可能性も現時点では残る。カーネマンは再現性クライシスに巻き込まれて評判が悪くなった著作*1で二重過程理論を援用して説明しているが、仮想的なものだと留意している。

追記(2019/04/14 23:47):モデルの信憑性を議論するときに、担当する脳の部位が無いことを言及するのはミスリーディングだと言う指摘があったのだが、メンデルの法則が染色体が遺伝情報を運んでいることが知られて信頼性が増したことから考えると、システムそれぞれに対応する脳の部位が発見されることは、二重過程理論の決定的根拠になる。

2. 上手くできている概念ともまだ言えない

二重過程理論のサーベイ論文*2を参照する限りでは、そう上手い仮想的存在でもない。

System 1とSystem 2が担当する情報処理については曖昧であり、心理学者もしくは研究ごとに適応範囲や説明が異なる。何かの人間の判断を取り上げて、どちらのSystemで処理したのか識別するのは困難もしくは、ad-hocなことになる。

2重であること自体が不適切かも知れない。System 1と2と言う単語の提唱者Stanovichは、Systemと言う単語を不適切だとしてtypeに置き換え、3重モデルを提唱している。少数説のようだが、1つの思考過程でどちらの種類の判断も下せると言う主張もある。脳が行う情報処理に不連続な違いがあると仮定すること自体が、誤りかも知れない。二重過程の有力説である、状況に応じてSystem 1とSystem 2を連続的に組み合わせられるとする精緻化連続体は、柔軟性のある一つの思考過程と何の違いも無い。

追記(2019/11/24 18:04):参照しているペーパーが古いと言う指摘があったのだが、二重過程理論は経験に沿わない、よく知られた知見に反する内的に破綻している神話で、心理学的現象が二つに区分できるというテストされておらず、維持できない前提が科学の発展を阻害しているとまで主張するペーパーがある(Melnikoff and Bargh (2018))。

追記(2019/11/25 11:02):熟考しなくても論理的に振舞える(Neys and Pennycook (2019))、熟考しても結論は直観的に決まっている(Evans (1996)) と言うような話もあり、論理的に熟考して、直感的な判断を正すような説明そのものが揺らいでいるところもある。

3. まとめ

二重過程理論が人気説なのは間違いなく、心理学の世界でこれが精緻化されていく可能性は高い。そういう意味では、それを担当する脳の部位は見つかっていないこと、考えようによってはもっと複雑な思考過程、もしくは一つのプロセスで処理しているとも言えることを念頭に、有力説として二重過程理論を紹介し、二重過程理論を前提とした説明を与えるのは不誠実ではない。しかし、咄嗟の判断と熟慮した判断に乖離があることをもっともらしく説明しているように見せるためだけであれば*3、「心理学では人間の脳は反射的な判断と熟慮する判断の過程を切り替えているように説明されている」ぐらいの曖昧さで丁度よさそうである。

*1ファスト&スロー」の事なのだが、(カーネマンが関わっていない)再現性の無い研究成果を多く紹介してしまっており、真実が書かれていると思って読むのは危険なシロモノになってしまったようだ(Kahneman and Tversky researched the science of error and still made errors.)。なお、心理学の再現性クライシス問題は深刻だそうなので、ひとつふたつの論文の結論をつまみ食いしてエッセイを書くと、後で前提が崩壊する可能性が高そうである。

*2金子充(2014)「二重過程理論」マーケティングジャーナル,33(3), pp.163—175

*3実のところは判断に乖離があるからプロセスが異なると推論しているわけで循環論法であり、何の説明にもなっていない。

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