2016年2月19日金曜日

沖縄現代史 ─ 米国統治、本土復帰から「オール沖縄」まで

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本当にセンシティブな国内問題なので、日韓関係などと比較するとネット上での意見表明すら多くは無い、普天間基地移設問題で揺れ続ける沖縄政治だが、右派でも左派でも沖縄の政治事情をはっきり認識している人は多くないと思う。しかし、抑圧された琉球民族と言う概念を持ち出す左派の人々が、徐々に増えてきたようだ。この概念、どの程度の実態を持つのであろうか。

琉球人と言うエスニシティ、つまり琉球民族としての自覚が沖縄県民にあるのかなどは、他の地域からは容易に分からない問題である。歴史的には1879年まで琉球王国は成立し、文化的にも沖縄の独自性は強いが、1872年からの琉球処分以降、これが公然と問題になったことはほとんど無く、関心も低かった。そう単純に抑圧された琉球民族と言う概念を受け入れるわけには行かない。

そういう事で、昨年出版された『沖縄現代史 ─ 米国統治、本土復帰から「オール沖縄」まで』と新書を、上述の問題が実際にあるのか注意しながら拝読してみた。沖縄現代史家が戦後から2015年前半までをカバーした本で、政治・経済・文化と、多面的に戦後沖縄の軌跡を描いていると宣伝されているが、特に「島ぐるみ闘争」などの主要な政治的事件を把握するのに適している。政治勢力も本土とは随分と異なるので、単純に保守と革新で分類できない事など、学ぶべき基礎知識は多い。さて、琉球人と言うエスニシティがどう認識されているかが問題なのだが、この本の説明から考えるに、ここ20年間で形成されて来たらしい。

左派の人々は無視しがちなのだが、米軍統治下では、琉球独立運動ではなく日本復帰運動が圧倒的に優勢で、特別な自治権の獲得なども強く志向されて来なかった。著者の櫻澤誠氏は独立論もあったことを強調しているが、それが少数意見にとどまった経緯は良く説明していない。どうやら沖縄の大多数の人々は、終戦から本土復帰、そして少なくとも沖縄米兵少女暴行事件まで、太平洋戦争終結から50年間は、自分たちが日本人であることに疑いを持っていなかったようだ。

米軍は当初、琉球を日本の植民地と捉えて解放するつもりだった(P.5--6)が、「1951年4月までに行われた沖縄産業開発青年協会の会員を対象とした帰属問題についての世論調査は、祖国復帰84.07%、信託統治8.28%、独立2.88%、不明4.77%という結果」(P.22--23)であり、1971年に琉球独立党が結成され参議院選挙に候補者を出すものの有効投票の1%も獲得できない泡沫候補に終わっている(P.159)。政治だけではなく、思想的にも、マルクス史観ではあるが日本復帰の正当性が自明化し(P.190)、1995年ぐらいまでは肯定的に独立論を展開するものは無かったそうだ。

このように希薄であった琉球人のエスニシティだが、近年は1993年のNHK大河ドラマ『琉球の風』などの影響により、民族的な独自性がメディアに取り上げられる事が増えていると言う。2008年に国際連合人権委員会が琉球民族の自決権を認めろと言い出した*1のも影響しているようだ。エスニシティの自覚が独立論の拡大を意味するわけではないが、何故か調査方法や有効回答数が該当記事だけ書かれていない2015年5月30日、31日の琉球新報社と沖縄テレビ放送の世論調査では、独立論が8.4%と歴史的に最も高い数字を記録している(琉球新報)。信頼して良い数字かは分からないが、数字自体は琉球人のエスニシティが強まっている事を示唆している。しかし、本書の議論を超えるが、特別自治や独立を要求するような強いものには育ってはいない。

10年ごとに行っているNHKの世論調査の2012年2月実施の結果*2では、本土復帰を評価する人が78%と圧倒的多数と、1982年の調査からの傾向が依然として続いている。沖縄への転入者増の評価を見ても、肯定的に捉えている人が74.9%となっており、本土の人間を排除しようとはしていない。経済的自立を模索し、政治的決定権の拡大を求めているのは確かなのだが、これは他の地方自治体も同様である。沖縄振興策なども概ね評価されており、拡大を求める声も24%と現状維持の60%と比較して少数派となっている。日米同盟を基軸とした安全保障政策も、沖縄県への基地集中に強く不満を持ってはいるものの、全体としては評価されているようだ。

沖縄戦の伝承と米軍基地の縮小を求めて来た歴史による沖縄県民が強く共有する意識は強くあり、これは本書でも明確に指摘されている。だが左派が主張するように琉球人としてのエスニシティが現段階で強いかと言うと、独立論などを少数意見として切り捨てない本書の議論を意識したとしても、否定せざるを得ないであろう。沖縄問題を語る上で沖縄県民意識ではなく、琉球民族としての意識に依拠した議論をする人は、現実が見えていない。

エスニシティは作られて行くものであり、琉球民族としての意識がこれから形成されていく可能性はある。「琉球民族独立総合研究学会」の面々は、むしろ人為的に形成したがっているようだ。この運動、固有語(の当て字)の「沖縄」ではなく、中国語である「琉球」を使っているところに、民族運動としては違和感を感じなくも無いのだが。

*1「アイヌ民族および琉球民族についての国連人権委員会勧告」

*2復帰40年の沖縄と安全保障」を参照した。

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