2016年1月19日火曜日

ある社会学者の社会的分断の解消論について

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連合総研の機関誌『DIO』311号に掲載されていた社会学者の筒井淳也氏の「社会的分断を超えて」と言うエッセイに気になる点がかなりあったので指摘したい。労働問題の専門家の濱口氏のように、腹ふくれ満ち足りたブルジョワの息子の手すさびみたいな議論とは言わない*1が、ロールズの正義論を持ち込んでまとまりが悪くなっているし、藁人形論法に思える箇所が多々ある。そもそも筒井氏の主張の正当化に、社会的分断と言う概念は必要なのであろうか。

筒井氏の主張は、大雑把にこのようなものであろう。少子高齢化社会によって大きくなるケア労働のコストを分配を当てにせざるを得ないが、所得格差が起因となっている社会的分断があるので、再分配政策を実行するには利害調整が難しい。しかし、女性などの有償労働を増やして所得を増やせば、社会的分断が緩和されるので再分配についての合意形成を促せる。疑問点が山のようにある。

第2節の「格差と分断」で、ロールズの議論に言及しているのだが、ロールズの議論に沿っていない。ロールズの『正義論』にある第二原理、特に格差原理が、所得分配に対して規範的な正当性を付与するのは分かる。しかし、ロールズの出した「もうひとつの課題」は第一原理であって、『個々人の価値観を「無理に変えない」という意味での政治の中立性』では無いのではあろうか。第一原理は、思想信条や職業選択など基本的自由を「互いに両立可能な範囲で最大限」認めるだけで、全員が一致した政策のみが許されるとは主張していない*2。筒井氏は社会的分断があって中立な政治が不可能である事を規範的に問題視するが、ロールズ的には第一原理と第二原理を満たしているかの方が問題であろう。中立な政治があり得ないからこそ、人々が立場を忘れて議論できる無知のヴェールを覆った状態を考えて、そこで第一原理と第二原理が合意されるであろうとしたわけだから。そもそも、個々人の価値観に合わない政策は容易であろうが、個々人の価値観を変更するのは困難であろう。

第3節の「再分配がもたらしうる社会的対立」で、所得格差が富裕層と貧困層との間に社会的分断を生むので、実証的に分配政策が政治的に合意を得づらいと言うのはわかる。しかし、『「公平性」の原理』を紹介している理由が良く分からない。ロールズの第二原理のもう一方、公正な機会均等の原理についての説明にも読めるのだが、格差原理による分配の正当化にはならないし、自己の利益に固執する富裕層を説得するのに使えるようには思えない。

第4節の『「働くこと」を通じた社会統合を』で、所得格差があるから社会的分断があり、所得分配政策が否定されるので、「当初所得を平準化することが分断を防ぐ最も良好な手段」とあるのだが、ここがとにかく変な事になっている。

  1. 貧困層が労働供給を増やして貧困層の所得が富裕層に近づいたとしても、富裕層から貧困層に分配を行うのであれば、やはり富裕層は反対して社会的分断はそのままでは無いであろうか。
  2. 貧困層が労働供給を増やして全員の所得が同じになったとしても、その経済的立場は異なるのでは無いであろうか。共働きで年収1000万円の家計と、片働きで年収1000万円の家計の立場は異なる。
  3. 社会的分断を解消する機能があるにしても、相当に所得格差を解消しなければ分断を無くせないのでは無いであろうか。所得格差が無くなったら所得分配政策は不必要になるので、循環問題になっていないであろうか。
  4. 社会的分断を解消する機能があるにしても、分断される層が異なるだけでは無いであろうか。労働供給を増やす事ができた貧困層と、それが出来なかった貧困層の間で、新たな社会的分断が増強される可能性はある*3
  5. 社会的分断を解消する機能があるにして、共働き家庭と片働き家庭の間の分断が解消されたとして、富裕層と貧困層、高齢層と若年層の間の分断が解消される分けではない。
  6. 社会的分断を解消する機能があるにしても、生活保護受給者の大半は高齢者などで大して働く能力がないから、実行不可能な政策では無いであろうか。

この節には他にも理解できない所は多々ある。『正規と非正規のあいだの賃金率の平準化(同一労働同一賃金)について、両者の間で合意を得ることはもはや非現実的』とあるのだが、判例を見ると司法は同一労働同一賃金であるべしと言っているので、何に対する合意が必要なのかが良く分からない所もあるし、『働き家庭と片働き家庭のあいだの利害調整も難航している』とあるのだが両者を代表する団体が政治活動をしているのを見たことは無い。またケアの有償労働化に反対している人々がいるように書かれているのだが、実際はその公的負担についてが争点であって、ケアの形態は大きな争点ではないように思える*4

第5節の「分断を乗り越える対話とは」で、第2節から第4節までの議論の前提を破壊している。「深刻な対立状態にある二者が、実際には目的を共有し、ただ手段で食い違っているようなことがしばしばある。再分配政策を含む政策の対立はほとんどがこのケースだろう」とあるのだが、ならば「討議や対話を通じた合意形成」を行えば良いので社会的分断の解消は不要になる。また、『分断とは、「意見が分かれていること」ではない。価値観、思想信条の異なる人々の間での交流がないことを指している』そうなのだが、同じ職種や職場の人々は似たような所得で交流はあるわけだが、職場が同じまま所得が近づいたら交流が増える事は無いであろう。居住地区が似てくると言うのはあるかも知れないが、日本では所得で居住地が激しく分離しているわけでもない。

筒井氏がフルタイム労働の時間短縮を行い、女性のフルタイム労働の就業を促進しましょうと言いたいのは分かるのだが、それを正当化するための理由付けに失敗している気がする。社会的分断の解消になると言うのは、実証的に無理がありすぎる。「合理性の無い長時間労働の習慣が、既婚女性の就業を抑制するので、労働慣行は是正する必要がある」ぐらいの単純な話ではいけないのであろうか。腹ふくれ満ち足りたブルジョワの息子の手すさびみたいな議論でも、もう少し簡明着実な議論が展開されると思う。

*1労働組合は成長を拒否できるのか?: hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)

*2ロールズはPolitical Liberalismと言う本で、政治の中立性が満たされないときには、正当性(Legitimacy)と安定性(Stability)を満たす必要があると言う議論している(John Rawls (Stanford Encyclopedia of Philosophy))。

*3勤労状態をF:Full-timeとP:Part-timeとL:workLessの三つで表して、家計を(F, F)、(F, P)、(F, L)の三種類を考える。筒井氏が提案しているフルタイム労働時間の短縮を実行すると、(F, P)が(F, F)に変化することで、(F, F)と元(F, P)の間の分断は無くなる。しかし、元(F, P)と(F, L)の間の分断は大きくなる。労働時間の短縮がFの賃金低下をもたらすと考えれば三つの所得差は縮まるが、(F, L)の所得が悪化する事には注意する必要がある。

*4有償介護サービスは広く見られているが、それを抑制もしくは禁止すべきという議論は見かけない。家庭内で介護を行うべきと言う主張は、公的負担増加への反対と見なす方が適切であろう。

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