2014年7月3日木曜日

集団的自衛権に関する閣議決定の報道に対して冷静さを欠いている外交史研究者

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安倍内閣が集団的自衛権が認められると言う憲法解釈を公表し*1、一部メディアで解釈改憲だと批判する発言が紹介されていることに対して、外交史家で安保法制懇有識者委員の細谷雄一氏が「集団的自衛権の行使容認に関する閣議決定」と言うエントリーで苛立ちを見せている。閣議決定の意味を説明している部分は興味深いのだが、官邸の説明との食い違いがあるし、事実認識に問題があるように感じる部分がある。

1. 今回の閣議決定に関する細谷氏の主張

論点をまとめて記述されていないので、細谷氏の主張をリストしてみたい。

1.1. 今回の閣議決定に集団的自衛権は関係ない

今回の閣議決定では国連憲章51条に基づく集団安全保障への参加の明記は見送られた*2。よって今回の政府の憲法解釈変更の主眼は、「本来は集団的自衛権のカテゴリーに入らないはずのPKOでの武器使用や後方支援に関するもの」になったそうだ。つまり、PKO活動の充実が目的になっている。ゆえに、日本国憲法が禁止している行為は含まれていないそうだ。

1.2. 集団的自衛権は憲法で禁止されていない

細谷氏の説明によると、今回の安倍内閣の憲法解釈には正当性がある。そもそも日本国憲法にはどこにも、「集団的自衛権の行使を禁ずる」とは書かれていないそうだ。内閣法制局が政治的な理由で現行憲法をそのように解釈したに過ぎず、裁判所がそのような判決を下したことは無い。ゆえに安倍内閣が憲法解釈を変更することは、正当性が認められる行為らしい。

1.3. 自衛隊法改正が審議されるので内閣の独断にはならない

今回の閣議決定を受けて、国会で自衛隊法改正が審議される上に、自衛隊の行動も国会が監視することになる。つまり、今回の閣議決定だけでは何も変化しないため、内閣の独断と批判するのは不適当だそうだ。アメリカやイギリスと同等の水準で、集団的自衛権の行使が全面容認されるわけではない。

1.4. 自衛隊のPKO活動の充実が必要とされている

細谷氏によると「苦しんでいる他国や、襲われ、レイプされ、助けを求める人々に手をさしのべるという当然ながらの国際社会における人道的な精神」なので、「助けを求めに来た目の前でレイプされている現地の少女を助けてることも、武装集団に襲われて助けを求めるNGOボランティアの人を助けることも」できないので、自衛隊のPKO活動は問題があるそうだ。『「平和主義」という仮面をかぶったエゴイズム』と批判している。

1.5. 自衛隊は高度な軍事作戦能力が無いので戦争に巻き込まれない
自衛隊はアメリカとともに高烈度の戦闘に参加する軍事能力をもたないので、戦争に巻き込まれる恐れはないそうだ。遠征能力、前方展開能力、戦略輸送能力をもっている国はイギリスぐらいしかないので、大半の国は軍事侵攻作戦には参加していないらしい。

2. 細谷氏が主張で疑義のあるところ

細谷氏の主張に興味深い論点が含まれているのは否定しないが、幾つも疑義がある。

2.1. 日本は緊急・人道支援をしてきた事を無視している

「侵略を受けて多くの犠牲者が出ている国に、医療品を提供することもできません」とあるのだが、我が国は国際機関を通じて緊急・人道支援を行ってきており事実に反する。また、今回の閣議決定でも、緊急・人道支援が可能になるとは言及されていない。

2.2. 紛争地域における治安維持活動が軍事行為だと言う認識が無い

やたら「レイプされている現地の少女」を強調して感情的に同意をひきだそうとしているが、治安維持にはエジプトの民主化運動で起きたような暴動の統制や、政治犯かも知れない犯罪者等の逃亡の防止も含まれる。武装集団に襲われて助けを求めるNGOボランティアも、クリミア半島の事例を見れば武装集団が他国の正規軍である可能性も残る。

2.3. 官邸の説明するモデル・ケースを無視している

細谷氏は今回の解釈変更で試みている課題を、PKO活動の充実と「在日米軍が韓国を防衛するために出動する際に日本が米軍に後方支援をすることにある」としているが、官邸の以下の説明と内容が食い違う。

例えば、海外で突然紛争が発生し、そこから逃げようとする日本人を同盟国であり、能力を有する米国が救助を輸送しているとき、日本近海において攻撃を受けるかもしれない。我が国自身への攻撃ではありません。しかし、それでも日本人の命を守るため、自衛隊が米国の船を守る。それをできるようにするのが今回の閣議決定です。

米軍の輸送船を攻撃してきた敵機を撃墜するわけだ。これは後方支援と言えるのであろうか。常識的には海上護衛任務と呼ばれるものであろう。

2.4. 高度な軍事作戦能力が無い国も、米軍の戦争に参加している
朝鮮戦争では、韓国、米国、英国以外に14カ国が戦闘支援を行っていた。ベトナム戦争でも韓国は参戦していた。湾岸戦争の交戦戦力を見ると、18カ国ぐらいある。『戦争に巻き込まれると語るのは、日本の軍事能力を間違って高く見積もる「うぬぼれ」にすぎません』と言うのは、良く考えた上での記述なのであろうか。米国がNATO主導を嫌ったとしても、米国主導で他国を動かしたいことは大いにあるように思える。
2.5. 1959年の砂川判決は日本の自衛権行使を認める判決を出した?
細谷氏の文全体からするとマイナーな部分で、それなりの支持がある議論なのだが、砂川判決は米軍基地が合憲だと言う判決を下したものであって、そもそも自衛隊が合憲かについての裁判ではない*3。傍論部分で「憲法の平和主義は決して無防備、無抵抗を定めたものではない」とあるのだが、「憲法9条2項が、自衛のための戦力の保持をも許さない趣旨のものであると否とにかかわらない」「同条項がその保持を禁止した戦力とは、わが国がその主体となってこれに指揮権、管理権を行使し得る戦力をいうものであり、結局わが国自体の戦力を指し、外国の軍隊は、たとえそれがわが国に駐留するとしても、ここにいう戦力には該当しない」とあるので、主文に自衛隊の是非は全く関係がなくなっている。

3. 細谷氏が冷静さを欠いているところ

細谷氏は官邸が事例として出している他国の艦艇の海上護衛任務には全く言及せず、官邸が事例として出していないPKO活動に役立つと主張している。「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」でどのような議論が行われてきたかは分からないが、官邸の説明を確認せずにそれを受けたメディアの報道を批判するのは、冷静さを欠いている。また、治安維持活動が軍事行為だと言う認識がなく、過去の戦争で弱小国も派兵を行っている事を完全に無視している。前者は解釈の問題だが、後者は詳しい説明が必要に思える。

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