日韓外交をゲームで捉えると不謹慎だと言う人もいるらしいのだが、ゲーム理論のような構造的な視点から見てみるとすっきり説明できる事もある。それが現実を反映しているかは定かでは無いのだが、交渉の要素が本当に鍵になるのか、どういう原理で鍵になるのかが明確になるからだ。先日の日韓首脳会談を受けて、朴政権が韓国の日本大使館前の従軍慰安婦像を撤去することが、従軍慰安婦問題の解決につながると言う主張が見られるのだが、その妥当性について考えてみたい。
1. 韓国の合意維持可能性が問題になっている
従軍慰安婦問題に関する日韓の外交交渉の問題の一つは、韓国政府が合意を維持できない可能性がある事だといわれている。実のところ、河野談話とアジア女性基金は日韓で打ち合わせた上での施策であったが、挺対協を先頭とする韓国国内からの強い反発を受けることになり、現在まで従軍慰安婦問題は混迷を続けることになった。この経緯から韓国政府が韓国国内を説得して合意を維持できるのか、日本側は強く疑っているとされる。韓国側は信頼が置ける交渉相手だということを示す必要があるわけだ。
2. 慰安婦像撤去が「担保」として機能すれば合意できる
どうやったら自分が信頼がおける存在だと示すことができるのであろうか。借金をするときは担保を差し出し、出資をしてもらうときは自己負担分を設定するが、これらは貸し手や出資者への裏切り行為を行うと、自分も被害を受けるような仕組みになっている。日本大使館前の従軍慰安婦像の撤去によってこういう仕組みが韓国の政治に埋め込まれ、日本政府を裏切ると韓国政府が被害を受けるようになるのであろうか。
上の展開形ゲームで状況を明示しておこう。韓国は手番K1で維持(m)か撤去(c)を選択する。その結果、日本は手番J11もしくはJ12で合意(a)か決裂(d)の選択をする。日本の選択によってゲームは終了するか、韓国の手番K21もしくはK22に到達して、韓国が履行(r)か裏切り(b)を選択することになる。木の末端の葉の括弧内が日本と韓国の利得になる。
韓国が従軍慰安婦像を撤去することによって、日韓合意が履行される状況は上のようになる。赤が完全均衡で、青が部分均衡だ。日本にとっては、交渉が合意(a)に至り履行(r)されることが最善で、裏切り(b)行為をされることが最悪であると仮定した上で、議論のポイントとなる所をあげよう。
- 手番K21で韓国は裏切り(b)を選択する(Kmab>Kmar)。そうでなければ、日本は従軍慰安婦像の撤去に関わらず合意(d)してよい。
- 手番K22で韓国は履行(r)を選択する(Kcar>Kcab)。そうでなければ、日本は合意(a)を選択できない。
要するに、従軍慰安婦像の先行撤去によって、韓国の履行(r)と裏切り(b)から得られる利得が大幅に変化する必要がある。ここで問題が浮かんでくる。「担保」であれば裏切り(b)でコストを払うことになるので利得が変わるわけだが、どういう種類のコストになるのかが良く分からない。日本との合意を履行(r)すれば、どちらにしろ左派からは同じように非難されるはずだからだ。
朴政権は左派からの評判を一度でも落とせば、最終的に裏切り(b)を選択してもそれは回復しないと言う議論も出てきそうだが、朴政権の次の政権にも合意は履行してもらう必要があるので、朴政権の利得ではなく韓国の利得が変化しないと、日本にとっては意味が無い。
3. こうは単純な話とは限らないけれども
もちろん、簡単な展開形ゲームで説明できるほど、日韓外交はやさしいものでは無いであろう。米国や中国の存在もあるだろうし、世論がどう動くかは確定的には分からない。しかし、こんな簡単な展開形ゲームでさえ、「従軍慰安婦像を撤去」が機能すると言うには、様々な仮定が入ることが分かる。韓国は慰安婦像を撤去せよと言っている人々は、それがどのように韓国の利得に影響するか考えた上で主張しているのであろうか。
0 コメント:
コメントを投稿